<高萩 - 犬吠埼・ブレード走行記7 4日目最終日>
◆ 女将さん大いに喜ぶ!◆
4日目の朝も大変だった。朝食を終え、クソをしようとトイレへ行ったら、新妻君もいて連れグソとなった。それはいいのだが、トイレがみな塞がっていたのだ。そりゃあそうだ。サッカー軍団が一気にクソをし始めたのだから。
「オー、マイ、ガァッ!」想わず頭を抱える新妻君。
仕方無く、二階のトイレへ行ってみたのだが、ここもいっぱい。
「オー、マイ、ガァッ!」またもや頭を抱える新妻君。
中では同じようにあぶれた少年達が、青ざめた顔で右往左往している。どうしようもないので、歯を磨いたり荷物を整理したりして時間をつぶし、クソラッシュが終わるのを待つことにした。
そして、ようやく用を足し、三人全員の準備が終わって出発と言うことになったのだが、料金を払うためフロントへ行くと、出て来た女将さんが何やらニコニコして、やたら上機嫌なのである。しかも、
「今日は気分がいいから、ひとり7'000円のところ1'000円ずつおまけして6'000円、消費税もビール代もおまけしとくわ」と言い出したのだ。
と言うことは・・、三人分合計23'175円のところ、18'000円。つまり、5'175円も得をすると言うことになる。ふとっぱらー!。いやはや、有り難いことは有り難いが、いったいどうなってんだ?
初めは、スポーツ合宿の騒々しさのお詫びなのかと想った。しかしそれなら、「申し訳無いから」とでも言いそうなものである。それが「気分がいいから」と来た。これにはもっと違う意味が有るはずだ。話しをしながら、あれこれ考えた結果、キャプテンの心当たりはひとつだけだった。それはブレード隊が・・
「心から感謝を込めて食事をいただいた」と言うことに違いない。
夕食も朝食も、とにかく食事だけは粗末にはしなかった。たぶんその話しを、調理係のオバサンから伝え聞いたのだろう。それを、サッカー軍団のひどい「食い散らかし」と比較してしまったものだから堪らない。「なんて気持ちの良い青年達なの。ナイスガイ!」などと感動してしまったのに違いない。だから「気分がいい」のである。
それしか考えられなかった。何しろほかに取り柄の無い男達なんだから。勝手な解釈だったが、だんだんこっちまで気分良くなって来た。それはいいが、まずいことにキャプテンがその気になってしまったらしいのだ。なんと彼は、フロントのカウンターに肩肘ついてシャに構え、一番いい声など使って話し始めたではないか。ナイスガイのつもりなのか?
表に出て出発の準備をしていると、女将さんも出て来て「ブレード」を見ながら言った。
それしか考えられなかった。何しろほかに取り柄の無い男達なんだから。勝手な解釈だったが、だんだんこっちまで気分良くなって来た。それはいいが、まずいことにキャプテンがその気になってしまったらしいのだ。なんと彼は、フロントのカウンターに肩肘ついてシャに構え、一番いい声など使って話し始めたではないか。ナイスガイのつもりなのか?
表に出て出発の準備をしていると、女将さんも出て来て「ブレード」を見ながら言った。
「それでずーっと滑って行くの?。転ばない?」
「それが、めったに転ばないもんなんですよ」
「それが、めったに転ばないもんなんですよ」
キャプテンと森広君が同時に答える。
・・と言った直後、森広君が旅館の駐車場で、足慣らしの最中に転倒してしまったからたまらない。みんなで見て見ぬふりをするのだった。
それにしても、初めて出会った人に好感を持ってもらい、こちらも気分を良くして出発する、これこそが『一期一会』の神髄であり、ブレード隊が目指して来たものではなかっただろうか。
訳も分からず、何かの衝動に駆られて始めてしまった長距離ブレード走行。その意味を、4年たってようやくその本人たちが理解し始めたのだ。
「すべては、うまく行く、必ず・・」
準備が終わって出発。・・朝、目が覚めたときには小雨模様だったが、今はもうやんでいる。路面もほとんどが乾いていた。ただ、曇り空は取れず、やや肌寒い景色の中を進むことになった。昨日、走行中に『〇〇サイクリングロード』と言う標示板を確認しており、今日はそのサイクリングロードを行ってみることになっていた。
国道124号から離れ、『ホテル・リオ』の看板が有る交差点から、利根川方面へと進む。サイクリングロードだから川沿いに有るはずだ、と確信を持って行ったのだが、川っぷちには、それらしき道は見当たらなかった。利根川の川面が汚れた灰色にテカっていて、何とはなし気分が沈みがちになる。
「わかった、向こう岸だ」と言うことで、そのまま1kmは有るかと想われる長い橋の歩道をよたよたと渡り、「向こう岸」まで来てみた。しかし、やはりサイクリングロードは無いようである。いや、土手沿いに細々と続いているあのジャリ道がそうなのかも知れない。だとしたらダメだ。ジャリ道ではブレードは進めない。三人はそのまま先へ進むことにした。
利根川を渡り切って、土手下まで道を下る。真っすぐ行けば国道356号に出るのだが、途中、川沿いの田んぼの中に狭い道を見つけ、そこを行くことにした。その道は路面状態が非常に良く、車も通らない。ほとんどサイクリングロードみたいなものだった。そこからずっと数百m、田んぼだけの道を、無言のままゆったりと滑り続けた。
静かだった。そして流れる風には、実り始めた稲穂の匂いが含まれていた。その匂いは、一瞬の内にキャプテンを、幼い日の夏休みに引き戻してしまうのだった。
強く熱い風にゆったりと波打つ田んぼ。そして大きな影を落として通り過ぎる雲。・・あの日、あのあぜ道の上に置き忘れたものを、今こうして拾い集めているのだろうか。
曇り空と灰色の川面に沈んでいた心が、次第に解きほぐされて行くのが解る。
このまま、何も考えずにずっと滑って行けたら・・
しかし、そうも行かなかった。田んぼ道が終わり、家並みの中に入って行くと、それまで滑らかだった路面が粗くなり、道も入り組んで来た。そして工事中などで迂回したり、見知らぬ家の間を縫っている内、何度か迷い、最後はとうとう行き止まりにはまってしまった。
それにしても、初めて出会った人に好感を持ってもらい、こちらも気分を良くして出発する、これこそが『一期一会』の神髄であり、ブレード隊が目指して来たものではなかっただろうか。
訳も分からず、何かの衝動に駆られて始めてしまった長距離ブレード走行。その意味を、4年たってようやくその本人たちが理解し始めたのだ。
「すべては、うまく行く、必ず・・」
準備が終わって出発。・・朝、目が覚めたときには小雨模様だったが、今はもうやんでいる。路面もほとんどが乾いていた。ただ、曇り空は取れず、やや肌寒い景色の中を進むことになった。昨日、走行中に『〇〇サイクリングロード』と言う標示板を確認しており、今日はそのサイクリングロードを行ってみることになっていた。
国道124号から離れ、『ホテル・リオ』の看板が有る交差点から、利根川方面へと進む。サイクリングロードだから川沿いに有るはずだ、と確信を持って行ったのだが、川っぷちには、それらしき道は見当たらなかった。利根川の川面が汚れた灰色にテカっていて、何とはなし気分が沈みがちになる。
「わかった、向こう岸だ」と言うことで、そのまま1kmは有るかと想われる長い橋の歩道をよたよたと渡り、「向こう岸」まで来てみた。しかし、やはりサイクリングロードは無いようである。いや、土手沿いに細々と続いているあのジャリ道がそうなのかも知れない。だとしたらダメだ。ジャリ道ではブレードは進めない。三人はそのまま先へ進むことにした。
利根川を渡り切って、土手下まで道を下る。真っすぐ行けば国道356号に出るのだが、途中、川沿いの田んぼの中に狭い道を見つけ、そこを行くことにした。その道は路面状態が非常に良く、車も通らない。ほとんどサイクリングロードみたいなものだった。そこからずっと数百m、田んぼだけの道を、無言のままゆったりと滑り続けた。
静かだった。そして流れる風には、実り始めた稲穂の匂いが含まれていた。その匂いは、一瞬の内にキャプテンを、幼い日の夏休みに引き戻してしまうのだった。
強く熱い風にゆったりと波打つ田んぼ。そして大きな影を落として通り過ぎる雲。・・あの日、あのあぜ道の上に置き忘れたものを、今こうして拾い集めているのだろうか。
曇り空と灰色の川面に沈んでいた心が、次第に解きほぐされて行くのが解る。
このまま、何も考えずにずっと滑って行けたら・・
しかし、そうも行かなかった。田んぼ道が終わり、家並みの中に入って行くと、それまで滑らかだった路面が粗くなり、道も入り組んで来た。そして工事中などで迂回したり、見知らぬ家の間を縫っている内、何度か迷い、最後はとうとう行き止まりにはまってしまった。
その後も、いくつか道を選んでは走行を試みるがダメ。とうとう交通量の多い国道356号に出なければならなくなった。
「あっち、行って見ませんか? 線路の向こう」
新妻君が、356号を渡って、反対側に伸びている脇道へ行こうと提案した。それは『成田線』の踏み切りを越え、その向こうの山すそまで続いている道だった。
「ためしに行ってみるか・・」
と言うことで進んで見ると、線路を渡って間もなく、山伝いに走る旧道らしき道に突き当たった。その道は国道356と平行に銚子方面に向かっているようで、しかも立派な歩道がついていた。
「オーケー、この道を行こう」
そこからは、ほとんど苦労なしに滑ることが出来た。新妻君の状態を考慮してスピードは抑え気味だが、彼も想像を絶する忍耐力で滑り続けている。何より、疲れても明るさを失わないのが良い。これなら、よほどのことが無い限りリタイアは無いだろう。
そう言えば・・、キャプテンは、新妻君に関するあるエピソードを想い出していた。それは出発の数日前のこと。彼に、ブレード走行に参加するか否か、確認の電話をした時の話しである。
受話器を取った新妻君はかなり酒に酔っていた。「ブレードですかあ? 行きますよー、行くしかないでしょう。有森・・、女子マラソン? 見ましたか? あれですよ、有森」
「ああ見たよ。たぶん見てるだろうと想って、終わるのを待ってかけたんだ」
「初めて自分を誉めたい、ですよ」
どうも彼は、アトランタ・オリンピックの女子マラソンを見て感動し、そのハズミでブレード出発の意志を固めてしまったようなのである。
つまり、『オリンピックが無かったら、平凡な夏でした』と言うコピーをバックに、「四年前は水泳始めるって言ったんだよな」と家族にバカにされながら、「ほな、行って来るわ」と夜のジョギングに出発する、月停八方。あれが新妻君なのである。
まてよ、そう言えば、新妻君が初めてブレード隊に参加したのも確か、4年前だったんじゃないの? ・・さて、単なる偶然なのでしょうか?。ともかく、コマーシャル通りに行動する人間もまた、貴重だと言えよう。
「あっち、行って見ませんか? 線路の向こう」
新妻君が、356号を渡って、反対側に伸びている脇道へ行こうと提案した。それは『成田線』の踏み切りを越え、その向こうの山すそまで続いている道だった。
「ためしに行ってみるか・・」
と言うことで進んで見ると、線路を渡って間もなく、山伝いに走る旧道らしき道に突き当たった。その道は国道356と平行に銚子方面に向かっているようで、しかも立派な歩道がついていた。
「オーケー、この道を行こう」
そこからは、ほとんど苦労なしに滑ることが出来た。新妻君の状態を考慮してスピードは抑え気味だが、彼も想像を絶する忍耐力で滑り続けている。何より、疲れても明るさを失わないのが良い。これなら、よほどのことが無い限りリタイアは無いだろう。
そう言えば・・、キャプテンは、新妻君に関するあるエピソードを想い出していた。それは出発の数日前のこと。彼に、ブレード走行に参加するか否か、確認の電話をした時の話しである。
受話器を取った新妻君はかなり酒に酔っていた。「ブレードですかあ? 行きますよー、行くしかないでしょう。有森・・、女子マラソン? 見ましたか? あれですよ、有森」
「ああ見たよ。たぶん見てるだろうと想って、終わるのを待ってかけたんだ」
「初めて自分を誉めたい、ですよ」
どうも彼は、アトランタ・オリンピックの女子マラソンを見て感動し、そのハズミでブレード出発の意志を固めてしまったようなのである。
つまり、『オリンピックが無かったら、平凡な夏でした』と言うコピーをバックに、「四年前は水泳始めるって言ったんだよな」と家族にバカにされながら、「ほな、行って来るわ」と夜のジョギングに出発する、月停八方。あれが新妻君なのである。
まてよ、そう言えば、新妻君が初めてブレード隊に参加したのも確か、4年前だったんじゃないの? ・・さて、単なる偶然なのでしょうか?。ともかく、コマーシャル通りに行動する人間もまた、貴重だと言えよう。
◆ ついに銚子市に到達!◆
356号の裏道は想っていた以上に快適な道だった。何より車の数が少ないのがいい。つい速度が上がり気味になってしまう。そのまま、知らない内に『銚子市』に入っていたようだ。
今日はずっと雲が取れそうにない。路面温度は25℃に満たず、肌寒ささえ感じる。
キャプテンは、目的地の長崎海岸の様子が気になっていた。このまま曇り続けたら海で泳げなくなるかも知れない。ブレード隊はそれでもまあ良いが、今日合流するはずのゴブリンズのメンバーはガッカリすることだろう。そのことを想い、少しピッチが上がった。
夏の海と言うのは、とにかく天気さえ良ければ全てが許されてしまうのである。多少幹事に不手際が有っても、宿や料理に問題が有ったとしても。しかし、この天気では・・。今回のキャンプの総合幹事・新妻君を、出来るだけ早めに到着させ、色々準備を済ませて待ち受けたいところだ。ただし、本人はそれどころではない様子だが。
幾つか小さな町の、小さな商店の前を通り過ぎ、小学校を横目に前進する。次第に汗が流れ始める。湿気が多いのだ。
いつの間にか歩道が無くなり、路側帯も無い田舎道となった。何度か登り下りを繰り返し、時折り新妻君の姿を確認しながら、目の前の山や森の姿を眺めていた。
風景もまた『一期一会』に違いない、そんなことを考えた。こんな場所へ来たのは初めてだし、再び訪れるとも想えない。目に映る全ての風景が、ほんの一瞬ブレード隊の背景となり、流れては消えて行く、それだけなのだ。
いや、それは本当は逆で、ブレード隊の方が、道の彼方から果てまでの舞台を横切る通行人として、ほんのチョイ役で登場しただけなのかも知れない。その土地は、彼らが来る以前も、そして去ったあとも、同じようにそこに存在し続けるのだから。
「だとしたら、オレ達はいったい何処へ行こうとしているのだろう」
田舎道には案内板も無く、番地表示のプレートも見当たらない。しんと静まり返った路面には、ただホイールの転がる音が響いているだけなのである。
坂を上り切ったところに、運送会社の広い駐車場が見えて来た。その前で止まり、今日最初の休憩を取ることになった。
座り込んで地図を取り出し、おおよその位置を確認する。それによると、もう少し行ったところで成田線の踏み切りを渡ることになるらしい。そこを過ぎて、残りはあと15kmほど。新妻君の足を考慮し時速5kmと言う設定で行けばあと3時間、午後1時半には到着出来ると言う見込である。
日曜日、運送会社は休みだった。ブレード隊は駐車場の隅で立ちションをし、それから先へ進むのだった。
坂を下って間もなく、踏み切りを渡る。そこから山深い道を抜けて少し広めのT字路を左に行くと、また交通量の多い356号に合流した。ブレード隊は『銚子市市街方面→』の標示板を確かめた。
356号の歩道を滑り初めてすぐ、道には商店が並び賑わいを見せ始めた。人通りも多く、緊張を強いられての走行となる。街なかと言うことで、新妻君がまた人目を気にするのではと想ったが、四日間も滑っているので大丈夫そうである。あとのもう一人、森広君は「羞恥心の無い男」なので心配は無い。
それより気をつけなければならないのは、脇道からの自転車や車の飛び出しだった。つい調子に乗って速度を上げると大変なことになりそうだ。それでも、道が平坦なうちにスパートをかけておかなければならない。このさき犬吠埼の岬近くは、アップダウンが多くなると予想されるからである。
ところが新妻君にはその意図が伝わらないらしく、珍しく機嫌が悪くなって来た。大変なのは解っているが、ペース配分はキャプテンが把握しているので、頑張ってもらうしかない。そうやって完走すれば必ず、「自分を誉めてあげたい」と言う気分になれると想う。
銚子駅に続く交差点の隅で休憩することにした。朝、東京を出発しているはずのゴブリンズのメンバーと連絡を取ろうとしたが、携帯電話にかけると留守電になっていてつながらなかった。
その間に森広君は、商店街にソバ屋を見つけたようで、「ソバでも食いますかあ」などと言い始めた。時間はちょうどお昼時だが、ここではまだエンジンを切りたくない。午後1時前に海岸まで出てしまいたいのだ。そこで、
「もう少し先に行ってからにしよう」
と言ったのだが、そのあとで、そうか森広君の場合は、腹が減ると機嫌が悪くなると言う傾向が有ったのだ、と想い出した。そう言うキャプテンには、機嫌が悪くてイライラしている人を見ていると、いい加減にしろよと機嫌が悪くなってしまう性質が有り、まずい、このままだと三人とも機嫌が悪くなってしまうぞ、と言うことで、恐る恐る出発することになったのである。
356号の裏道は想っていた以上に快適な道だった。何より車の数が少ないのがいい。つい速度が上がり気味になってしまう。そのまま、知らない内に『銚子市』に入っていたようだ。
今日はずっと雲が取れそうにない。路面温度は25℃に満たず、肌寒ささえ感じる。
キャプテンは、目的地の長崎海岸の様子が気になっていた。このまま曇り続けたら海で泳げなくなるかも知れない。ブレード隊はそれでもまあ良いが、今日合流するはずのゴブリンズのメンバーはガッカリすることだろう。そのことを想い、少しピッチが上がった。
夏の海と言うのは、とにかく天気さえ良ければ全てが許されてしまうのである。多少幹事に不手際が有っても、宿や料理に問題が有ったとしても。しかし、この天気では・・。今回のキャンプの総合幹事・新妻君を、出来るだけ早めに到着させ、色々準備を済ませて待ち受けたいところだ。ただし、本人はそれどころではない様子だが。
幾つか小さな町の、小さな商店の前を通り過ぎ、小学校を横目に前進する。次第に汗が流れ始める。湿気が多いのだ。
いつの間にか歩道が無くなり、路側帯も無い田舎道となった。何度か登り下りを繰り返し、時折り新妻君の姿を確認しながら、目の前の山や森の姿を眺めていた。
風景もまた『一期一会』に違いない、そんなことを考えた。こんな場所へ来たのは初めてだし、再び訪れるとも想えない。目に映る全ての風景が、ほんの一瞬ブレード隊の背景となり、流れては消えて行く、それだけなのだ。
いや、それは本当は逆で、ブレード隊の方が、道の彼方から果てまでの舞台を横切る通行人として、ほんのチョイ役で登場しただけなのかも知れない。その土地は、彼らが来る以前も、そして去ったあとも、同じようにそこに存在し続けるのだから。
「だとしたら、オレ達はいったい何処へ行こうとしているのだろう」
田舎道には案内板も無く、番地表示のプレートも見当たらない。しんと静まり返った路面には、ただホイールの転がる音が響いているだけなのである。
坂を上り切ったところに、運送会社の広い駐車場が見えて来た。その前で止まり、今日最初の休憩を取ることになった。
座り込んで地図を取り出し、おおよその位置を確認する。それによると、もう少し行ったところで成田線の踏み切りを渡ることになるらしい。そこを過ぎて、残りはあと15kmほど。新妻君の足を考慮し時速5kmと言う設定で行けばあと3時間、午後1時半には到着出来ると言う見込である。
日曜日、運送会社は休みだった。ブレード隊は駐車場の隅で立ちションをし、それから先へ進むのだった。
坂を下って間もなく、踏み切りを渡る。そこから山深い道を抜けて少し広めのT字路を左に行くと、また交通量の多い356号に合流した。ブレード隊は『銚子市市街方面→』の標示板を確かめた。
356号の歩道を滑り初めてすぐ、道には商店が並び賑わいを見せ始めた。人通りも多く、緊張を強いられての走行となる。街なかと言うことで、新妻君がまた人目を気にするのではと想ったが、四日間も滑っているので大丈夫そうである。あとのもう一人、森広君は「羞恥心の無い男」なので心配は無い。
それより気をつけなければならないのは、脇道からの自転車や車の飛び出しだった。つい調子に乗って速度を上げると大変なことになりそうだ。それでも、道が平坦なうちにスパートをかけておかなければならない。このさき犬吠埼の岬近くは、アップダウンが多くなると予想されるからである。
ところが新妻君にはその意図が伝わらないらしく、珍しく機嫌が悪くなって来た。大変なのは解っているが、ペース配分はキャプテンが把握しているので、頑張ってもらうしかない。そうやって完走すれば必ず、「自分を誉めてあげたい」と言う気分になれると想う。
銚子駅に続く交差点の隅で休憩することにした。朝、東京を出発しているはずのゴブリンズのメンバーと連絡を取ろうとしたが、携帯電話にかけると留守電になっていてつながらなかった。
その間に森広君は、商店街にソバ屋を見つけたようで、「ソバでも食いますかあ」などと言い始めた。時間はちょうどお昼時だが、ここではまだエンジンを切りたくない。午後1時前に海岸まで出てしまいたいのだ。そこで、
「もう少し先に行ってからにしよう」
と言ったのだが、そのあとで、そうか森広君の場合は、腹が減ると機嫌が悪くなると言う傾向が有ったのだ、と想い出した。そう言うキャプテンには、機嫌が悪くてイライラしている人を見ていると、いい加減にしろよと機嫌が悪くなってしまう性質が有り、まずい、このままだと三人とも機嫌が悪くなってしまうぞ、と言うことで、恐る恐る出発することになったのである。
◆ 銚子にてライスカレーを昼食に ◆
駅前に続く歩道は、石畳でガタガタと滑りにくい。そこで車道に降り、路側帯を行くことにする。何度か道を確かめ、標示板を見ては『犬吠埼方面』を選んで進んで行く。
やがて、駅前の賑わいを離れ、せまい雑然とした民家の立ち並ぶ道へと入って行った。その道は想ったより急な登り坂だった。おまけに犬吠埼と銚子市街との抜け道らしく、車の数が多くて想うように進めない。
イメージとしては、もっと港寄りの平坦な道を想定していたのだが、いつの間にか山側に迷い込んでしまったようである。しかしガッカリすることはない。この旅にはツキが有るはず。この道を通ることになったのも、初めから予定されていた意味の有ることに違いないのだ。
ほとんど神憑りだ・・。そんなことを考えながら、最後の難関となるであろう登り坂を、一歩一歩確かめるように上って行った。
さっきから新妻君は、「だあ!」とか「おっりゃ!」とか、奇声を発しながら進んでいた。それは、ふざけていると言うのでは無く、激痛で失われる寸前の気力を奮い立たそうとしている気合なのだった。もう無理は出来なかった。新妻君の足は今度こそ限界なのだ。
間もなく登りのピークを過ぎ、ゆっくりと下り坂が始まった。民家も途切れがちで、少し殺風景な見晴しとなっていた。新妻君は相変わらず大声で気合を入れている。「大丈夫か?」と声をかけるが、黙って何も答えない。
下りに身を任せながら滑って行くと、やがて海が見えて来た。そのまま港まで降りて行く。とうとう関東の東突端まで来たのだ。海鹿島海水浴場の近くである。道沿いには土産物屋などが見え、観光地っぽくなった。
海岸通りを進み、竹久夢二詩碑のある辺りを過ぎて、岬に沿ってカーブして行くと、視界が開けて大きな海が見えて来た。その先には、遠く犬吠埼の灯台も見えている。
駅前に続く歩道は、石畳でガタガタと滑りにくい。そこで車道に降り、路側帯を行くことにする。何度か道を確かめ、標示板を見ては『犬吠埼方面』を選んで進んで行く。
やがて、駅前の賑わいを離れ、せまい雑然とした民家の立ち並ぶ道へと入って行った。その道は想ったより急な登り坂だった。おまけに犬吠埼と銚子市街との抜け道らしく、車の数が多くて想うように進めない。
イメージとしては、もっと港寄りの平坦な道を想定していたのだが、いつの間にか山側に迷い込んでしまったようである。しかしガッカリすることはない。この旅にはツキが有るはず。この道を通ることになったのも、初めから予定されていた意味の有ることに違いないのだ。
ほとんど神憑りだ・・。そんなことを考えながら、最後の難関となるであろう登り坂を、一歩一歩確かめるように上って行った。
さっきから新妻君は、「だあ!」とか「おっりゃ!」とか、奇声を発しながら進んでいた。それは、ふざけていると言うのでは無く、激痛で失われる寸前の気力を奮い立たそうとしている気合なのだった。もう無理は出来なかった。新妻君の足は今度こそ限界なのだ。
間もなく登りのピークを過ぎ、ゆっくりと下り坂が始まった。民家も途切れがちで、少し殺風景な見晴しとなっていた。新妻君は相変わらず大声で気合を入れている。「大丈夫か?」と声をかけるが、黙って何も答えない。
下りに身を任せながら滑って行くと、やがて海が見えて来た。そのまま港まで降りて行く。とうとう関東の東突端まで来たのだ。海鹿島海水浴場の近くである。道沿いには土産物屋などが見え、観光地っぽくなった。
海岸通りを進み、竹久夢二詩碑のある辺りを過ぎて、岬に沿ってカーブして行くと、視界が開けて大きな海が見えて来た。その先には、遠く犬吠埼の灯台も見えている。
これで到着したも同然だ。灯台まで視覚的には遠いが、距離は1kmちょっと。同じく灯台からキャンプ地の長崎海岸までが1kmちょっと。つまり計2km強で完走だ。時間にして約20分と言うところか。ただし、灯台近辺で昼食を取ろうと想っているから、あと1時間ぐらいはかかる。時刻はいま午後1時、たぶん到着は2時過ぎになるだろう。
三人はスピードを出さず、歩くより少し早い程度で滑っていた。もう急いでも同じである。それよりも風景を楽しもう。空はずっと曇ったままだが、煙った海にも風情が有る。
弓なりにゆっくりカーブして行く海岸通りを、何台もの車が灯台に向かって通り過ぎて行った。その間に、少しずつ灯台の姿が大きくなって、上っている観光客の姿が確認出来るくらいになった。・・あそこからブレード隊も見えているのだろうか。
その灯台を見ながら、やっとのことで犬吠埼入り口に到着。新妻君にはそこでブレードを脱いでもらい、キャプテンと森広君が先に灯台の下まで滑って行く。そこが、ともかく今回の『高萩-犬吠埼ブレード走行』の第一到達点と言うことになる。
二人がブレードを脱いでいると、すぐに新妻君が歩いて来た。その場でカメラを取り出し記念撮影を始める。
「やらないんですか、オブジェ設置は」新妻君が辺りを見回しながら言った。
三人はスピードを出さず、歩くより少し早い程度で滑っていた。もう急いでも同じである。それよりも風景を楽しもう。空はずっと曇ったままだが、煙った海にも風情が有る。
弓なりにゆっくりカーブして行く海岸通りを、何台もの車が灯台に向かって通り過ぎて行った。その間に、少しずつ灯台の姿が大きくなって、上っている観光客の姿が確認出来るくらいになった。・・あそこからブレード隊も見えているのだろうか。
その灯台を見ながら、やっとのことで犬吠埼入り口に到着。新妻君にはそこでブレードを脱いでもらい、キャプテンと森広君が先に灯台の下まで滑って行く。そこが、ともかく今回の『高萩-犬吠埼ブレード走行』の第一到達点と言うことになる。
二人がブレードを脱いでいると、すぐに新妻君が歩いて来た。その場でカメラを取り出し記念撮影を始める。
「やらないんですか、オブジェ設置は」新妻君が辺りを見回しながら言った。
キャプテンは長崎海岸にて設置する予定だったので「まだだよ」と答えたのだが、彼はちょっと不満そうである。
「そうか・・、やっぱり犬なんだな」と森広君が言った。
その声に、ああ、なるほどと想った。
「犬吠埼に置くつもりで、犬を彫っていたと言うわけだ」
「犬か・・」キャプテンも気づいてそう問い詰めるが、新妻君は笑っているだけである。犬吠埼だから犬。やはりタケをワったような性格である。
肌寒い風が吹いていた。見上げると、曇りで眺めは悪いはずなのに、たくさんの人が灯台に上っていた。
「よし、メシを食おう。なにを食う?」
「そうか・・、やっぱり犬なんだな」と森広君が言った。
その声に、ああ、なるほどと想った。
「犬吠埼に置くつもりで、犬を彫っていたと言うわけだ」
「犬か・・」キャプテンも気づいてそう問い詰めるが、新妻君は笑っているだけである。犬吠埼だから犬。やはりタケをワったような性格である。
肌寒い風が吹いていた。見上げると、曇りで眺めは悪いはずなのに、たくさんの人が灯台に上っていた。
「よし、メシを食おう。なにを食う?」
と、キャプテンは尋ねたのだが、三人にはすでに決めていたメニューが有ったのだ。
「ライスカレーだ!」
銚子と言えば『ライスカレー』なのである。それは、倉本総脚本のドラマ『ライスカレー』の舞台が、カナダと、ここ『銚子』だったからなのだ。
・・かつて同じ銚子工業高校野球部に所属し、卒業後カナダで『ライスカレー屋』を成功させようと、青春の最後を賭けて旅立った二人の若者の物語。三人ともそのドラマを見ており、やはり各自『銚子でライスカレーを』と言う覚悟?は出来ていたようだ。
銚子と言えば『ライスカレー』なのである。それは、倉本総脚本のドラマ『ライスカレー』の舞台が、カナダと、ここ『銚子』だったからなのだ。
・・かつて同じ銚子工業高校野球部に所属し、卒業後カナダで『ライスカレー屋』を成功させようと、青春の最後を賭けて旅立った二人の若者の物語。三人ともそのドラマを見ており、やはり各自『銚子でライスカレーを』と言う覚悟?は出来ていたようだ。
三人は「キャフェテリヤ風」な店には「チッ」っと舌打ちをし、出来るだけ「食堂」と言った感じの店を探した。そして相応しい店を見つけて入ると、三人とも判で押したように『ライスカレー』を注文・・しようとしたが、残念なことにメニューに書かれて有った文字は『カレーライス』
「これも時代の流れよ・・」とあきらめかけたその時だった。新妻君が果敢にも、店員のオバサンに、「ライスカレー!三つ」と注文、イッカツしたのである。
その勇気にキャプテンも感動。そうだ、やれば出来るじゃないか新妻!と心の中で念じる。
「これも時代の流れよ・・」とあきらめかけたその時だった。新妻君が果敢にも、店員のオバサンに、「ライスカレー!三つ」と注文、イッカツしたのである。
その勇気にキャプテンも感動。そうだ、やれば出来るじゃないか新妻!と心の中で念じる。
だがオバサンは、一瞬の沈黙が有って、「はいっ、カレーライス三つ、ひとつ大盛りね」と、クールに言い残し、去って行ったのである。ガックリと肩を落とすブレード隊。と、その時だった。
「しっ、しまったあ!」とキャプテン。
「どうしたんですか?」
「見ろ! 水の入ったコップには、あらかじめスプーンが差し込まれていなければならないのだ」
三つのコップにはただ水が入っているだけだった。これですでに二アウトだ。『カレーライス』に『スプーンの入っていないコップ』
「残るは、グリンピースか」
『でれーっとしたカレーの上に、グリンピースが決まりで三つ!』
アキラ(陣内孝則)のセリフを想い出していた。
「しっ、しまったあ!」とキャプテン。
「どうしたんですか?」
「見ろ! 水の入ったコップには、あらかじめスプーンが差し込まれていなければならないのだ」
三つのコップにはただ水が入っているだけだった。これですでに二アウトだ。『カレーライス』に『スプーンの入っていないコップ』
「残るは、グリンピースか」
『でれーっとしたカレーの上に、グリンピースが決まりで三つ!』
アキラ(陣内孝則)のセリフを想い出していた。
と、その時だった。
「あれ? 加山雄三?」
新妻君が、店の奥に飾ってあるサイン色紙を見つけた。
「ニセモノじゃないの。加の口が無い」
と森広君が続ける。
「力山雄三?」
「力山雄三だって?。それじゃエノケソと同じだ」
キャプテンの例えは古過ぎたようである。盛んに二人が気にするので振り返って見てみると、なるほど色紙が有って『力山雄三』のように見える。しかし、良く見ると『カ』の横に小さく◯のような『口』が書かれているような気もして・・。芸能人のサインにしては読み安すぎるのが気になったが、本物のサインを見たことが無いから何とも言えない。
と、その時だった。新妻君が果敢にもオバサンに問い正したのだ。
「あれ、加山雄三ですか?」
・・オバサンは無言で何も答えなかった。
そうこうしている内『ライスカレー』が届いた。さて・・「有った!」確かにグリンピースが三つ、でれーっとしたカレーの上に乗っている。これでいいのだ、これで。もっとも森広君のカレーには二つしか乗っていなかったが、これは野手の間に落ちたポテンヒットと言うことにしておこう。
あとは『放っておくと、うすーいまくの張るやつ。』と言うのを確認しなければならないが、腹が減っているので、それは省略することにした。
ひとくちライスカレーを味わったキャプテンは、『うまいって言うより、懐かしい味だな』と言うBJ(中井貴一)のセリフを想い出していた。
「あれ? 加山雄三?」
新妻君が、店の奥に飾ってあるサイン色紙を見つけた。
「ニセモノじゃないの。加の口が無い」
と森広君が続ける。
「力山雄三?」
「力山雄三だって?。それじゃエノケソと同じだ」
キャプテンの例えは古過ぎたようである。盛んに二人が気にするので振り返って見てみると、なるほど色紙が有って『力山雄三』のように見える。しかし、良く見ると『カ』の横に小さく◯のような『口』が書かれているような気もして・・。芸能人のサインにしては読み安すぎるのが気になったが、本物のサインを見たことが無いから何とも言えない。
と、その時だった。新妻君が果敢にもオバサンに問い正したのだ。
「あれ、加山雄三ですか?」
・・オバサンは無言で何も答えなかった。
そうこうしている内『ライスカレー』が届いた。さて・・「有った!」確かにグリンピースが三つ、でれーっとしたカレーの上に乗っている。これでいいのだ、これで。もっとも森広君のカレーには二つしか乗っていなかったが、これは野手の間に落ちたポテンヒットと言うことにしておこう。
あとは『放っておくと、うすーいまくの張るやつ。』と言うのを確認しなければならないが、腹が減っているので、それは省略することにした。
ひとくちライスカレーを味わったキャプテンは、『うまいって言うより、懐かしい味だな』と言うBJ(中井貴一)のセリフを想い出していた。
そしてそのあとすぐ、『そうか・・。うん、懐かしい味のするカレーが作りたかったんだ』と言うケン(時任三郎)のセリフを想い出していた。
さらに締めくくりに、『ドキドキしていた。そのとき僕は、とてもおかしなことを・・考えていたんだ』と言うケン(時任三郎)のナレーションを想い出していた。
このままだと、キャプテンは気が変になってしまいそうだった。
このままだと、キャプテンは気が変になってしまいそうだった。
◆ 長崎海岸、ゴブリンズ夏のキャンプ地へ ◆
携帯電話が圏外なので、公衆電話から『民宿大盛丸』へ連絡を入れて見ると、ゴブリンズのメンバーはすでに到着、海岸へ向かったと言う返事だった。安心したような、申し訳無いような気持ちだった。天気さえ良ければ問題は無いのだが、曇ってこんなに肌寒いとなると、海にも入れず退屈しているのに違いない。
昼食を終え、ソフトクリームを食べながら休んでいると、犬吠埼の断崖の上から、長崎海岸が小さく見えているのに気づいた。そこには海の家らしき小屋も見えている。
「たぶん今、あの何処かにメンバーがいるはずだ」
そう考えるとちょっと不思議な気がした。
四日前に100km以上離れた場所から出発したブレード隊が、今日まったく反対方向の100km以上離れた場所から来たメンバー達と、あの海辺で合流しようとしている。待ち合わせしているのだから当たり前だ、と言われたらそれまでだ。しかし、待ち合わせをする関係になるまで、どれほどの偶然を経てここまで来たのか、それを考えていたのだ。
たとえば今、周囲を歩き回っているたくさんの観光客の中に、誰ひとりとして知り合いはいない。そしてこの先、この人達と『待ち合わせ』をすることになる確立など、万に一つより小さいだろう。そのことを想えば、あの海辺での約束は、数年、いや数十年もかかった末の『待ち合わせの1日』であると言えなくもない。
「用意された旅。約束の地」・・これも確かに一期一会と言うわけだ」
携帯電話が圏外なので、公衆電話から『民宿大盛丸』へ連絡を入れて見ると、ゴブリンズのメンバーはすでに到着、海岸へ向かったと言う返事だった。安心したような、申し訳無いような気持ちだった。天気さえ良ければ問題は無いのだが、曇ってこんなに肌寒いとなると、海にも入れず退屈しているのに違いない。
昼食を終え、ソフトクリームを食べながら休んでいると、犬吠埼の断崖の上から、長崎海岸が小さく見えているのに気づいた。そこには海の家らしき小屋も見えている。
「たぶん今、あの何処かにメンバーがいるはずだ」
そう考えるとちょっと不思議な気がした。
四日前に100km以上離れた場所から出発したブレード隊が、今日まったく反対方向の100km以上離れた場所から来たメンバー達と、あの海辺で合流しようとしている。待ち合わせしているのだから当たり前だ、と言われたらそれまでだ。しかし、待ち合わせをする関係になるまで、どれほどの偶然を経てここまで来たのか、それを考えていたのだ。
たとえば今、周囲を歩き回っているたくさんの観光客の中に、誰ひとりとして知り合いはいない。そしてこの先、この人達と『待ち合わせ』をすることになる確立など、万に一つより小さいだろう。そのことを想えば、あの海辺での約束は、数年、いや数十年もかかった末の『待ち合わせの1日』であると言えなくもない。
「用意された旅。約束の地」・・これも確かに一期一会と言うわけだ」
46億年の長い地球の歴史から見れば、ゴブリンズの8年間など、ほんの一瞬の出来事でしかない。つまり、一期一会みたいなものなのだ。それにしても、その「ほんの一瞬」の、長いこと長いこと・・。その間に、何を失って何を得たのか。
キャプテンはそのまま、ぼんやりと海を見ていた。灰色の海の沖からは、いく筋もの白い波が岸に打ち寄せていた。それは途切れることなく、現れては消えて行く波の最後の姿だった。
間もなく三人は全ての準備を終え、最終走行へと滑り出す。たくさんの見知らぬ観光客の間を擦り抜け、海岸通りへ。すぐに歩道に乗って、ゆったりと進む。
右手に犬吠ホテル。その先を左に折れ、坂道を下る。やがて長崎町の小さな家並みが見えて来ると、少しだけ足元が暖かくなった。海も灰色からうっすらと青く色を変えている。
四日目の午後、少しだけ薄日が射し始めたのだ。
おわり
★ブレード走行・高萩-犬吠埼★
日程:1996年7月31日~8月3日
天気:31日・晴/1日・晴-曇
2日・曇/3日・小雨-曇
最高路面温度:40℃
走行距離:135km
述べ走行時間:約24時間
平均速度:約5.6km
通算走行距離:キャプテン高橋/1087.1km
新妻英利 /436.9km
森広康二 /293.2km
★走行中製作された三人のオブジェは、長崎海岸に設置されました。
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