<高萩 - 犬吠埼・ブレード走行記3 2日目前半>
2日目/8月1日(木)「旅館須賀屋から大洗海水浴場まで」
◆ ♪シェー、シェー、シェー、シェーふ・・◆
朝9時半。旅館須賀屋の前で出発の準備をしていたその時、新妻君が、あるコマーシャルソングを歌い始めたのだが・・「♪シェー、シェー、シェー、シェーフ・・シェーフーズ、パスタ・・シェーフーズ、パスタ・・」高島政伸! なんで、「♪シェーフーズ、パスタ」のところで、土管の中で歌ってるみたいな、あんな、気味の悪い声になってしまうんだ!
それが、二日目の出発の始まりだった。
◆ 東海村、原子力発電所前でエンヤを聴く ◆
今回の旅の出発前、ゲーム後に入った新宿の喫茶店で、ゴブリンズのメンバー横山君の言葉にひらめいたことが有った。
◆ 東海村、原子力発電所前でエンヤを聴く ◆
今回の旅の出発前、ゲーム後に入った新宿の喫茶店で、ゴブリンズのメンバー横山君の言葉にひらめいたことが有った。
「今度のブレード走行のBGMには、エンヤを録音して行こう」
これまで色々聴いて見た結果、走行中のキャプテンの音感にマッチするのは、あたかも空中から聴こえて来るかのような、広がりと厚みを持つサウンドだとわかった。そしてその多くが、環境音楽的ジャンルに集中していたのである。
その話しを聴いて、横山君が、「エンヤとか?」と尋ねたのだ。その直後は、「いやいや、そうじゃなくて」と答えたのだが、喫茶店を出て駅へ向かう途中、「そうか、エンヤと言う手も有るなあ」と想えて来た。そして、そのままレコード店へと向うことになったのである。
その『ENYA』の新しいアルバム『THE MEMORY OF TREES』を聴きながら、今、東海村の『日本原子力発電所』のすぐ横を滑っている。
原発と言うと、もっと殺伐としたところかと想っていたら、高い壁の向こうは、深い森のたたずまいだった。時折り守衛が立ちはだかるゲートが現れ、そこから中を覗くのだが、見えるのはたくさんの木々ばかりだった。
この日本の草分け的原発には、キャプテンの友人のお兄さんが勤めており、むかしその人から色々な話しを聴かされたせいか、とても印象深い走行となった。
『トイレの無いマンション』などと言われ、各地で悶着を起こしている原発だが、じつは、我々はもう発生させる電力のほとんどを使い込んでいるそうなのである。特に夏の甲子園、高校野球の準決勝、日本中がエアコンを付けテレビに夢中になるその瞬間、その年の電力のピークが来る。その日を停電無く迎えるためには、残念ながら、すでに原発は不可欠なものなのだと言う。
そんなことを考えていた時、偶然、キャプテンのヘッドホンから、賛美歌のようなエンヤの歌が流れ始めたのだ。それはまるで、悲しい祈りの声のように、キャプテンには聞こえた。
◆ 恐れるに足らず!東海村 ◆
出発して間もなく、久慈川を渡り、当初一日目の到達点としていた『豊岡』に着いてみると、そこは宿など見当たらない閑散とした町だった。もしあのまま須賀屋に泊まらずに来てしまったら、宿も無く、引き返すことも出来ず、きっと途方に暮れていたに違いない。
その豊岡を過ぎると、一気に森に囲まれた田舎道となった。大型トラック、ダンプの行来が激しく、路面温度も32度を越え、かなり焼けそうだが、日照り希望の森広君は逆に元気が出てきたようだ。
昨晩、旅館の女将さんから、「以前、自転車でやって来た人が、東海村で力尽きてこの宿に泊まった」との話しを聞かされ、「東海村は恐ろしく起伏の激しいところに違いない」と覚悟して来た。しかし出発してここまで来てみると、それほどでもない。いや、むしろ原発沿いの歩道は広く滑らかで、進みやすいことこの上なく、足の痛い新妻君のことさえ忘れてしまうほどだったのだ。
雑貨屋の前でひと休みしたあと、『日本原子力東海発電所』から『日本原子力東海研究所』を経て、そのまま国道245号を南下する。そして最後に、大サービスの長い下り坂を一気に滑り降りると、東海村原発の広大な敷地もようやく終わった。
この間、登り下りは数箇所有ったものの、やはり大したことはなく、「東海村恐れるに足らず!」で、覚悟して来た分、少し拍子抜けだった。
坂の底は小さな田舎町となっていた。幾つかの店や家の軒先を抜け、町外れまでまた緩やかに登りになった。そこを登り切ると、今度は茫漠とした田園風景が広がった。
ガードレールはあるが、内側はところどころ砂で埋まっていて足を取られた。仕方なく車道に出て、車が来るたびにスローダウン、と言う走行になった。ただ幸いにも、通り過ぎる車はみな好意的で、クラクションを鳴らすことも無く、それどころか、すれ違いざまには速度を落とし道を空けてくれるのだ。その度にこちらも「ありがとう」と、軽く手を上げて挨拶をする。
出発前、245号を真っすぐ内陸方面へ行くか、それとも国営ひたち海浜公園を通って海に出るかで少し揉めた。「海辺はかえってアップダウンがきつい恐れもある。だったら平坦な245号を行った方が無難なのでは?」と言う意見が出たからだ。
しかし、風景が寂し気で、車の往来にも気を使う状態が長く続いた結果、いつしか「海浜公園へ行ってみよう」と言う気持ちに傾いて行った。そして誰からともなくそれを言い出し、道を探しながら進むこととなった。
◆ 鳥になった? ブレード隊 ◆
すでに『ひたちなか市』に入っていた。海浜公園はもうじきのはずである。交差点のたびに『ひたち海浜公園←左折』と言う表示が無いか注意していた。
◆ 鳥になった? ブレード隊 ◆
すでに『ひたちなか市』に入っていた。海浜公園はもうじきのはずである。交差点のたびに『ひたち海浜公園←左折』と言う表示が無いか注意していた。
やがて先頭のキャプテンがそれを見つけ、二人に教えようと振り向いた。すると後方の新妻君も気づいたらしく、「あっちあっち!」と盛んに手を振り、「左に曲がれ!」と合図している。「OK!」と返事をしたあと、キャプテンと森広君は信号待ちのため停止する。
が、新妻君はかまわず、信号無視で横切って行ってしまった。そうして、そのまま彼はグイグイ滑って行くのだが、けっきょく後から来た二人に追いつかれ、また最後尾をたどることになる。
この頃から、足の痛みを紛らわそうとするためか、新妻君に何となく突飛な行動が目立って来た。
しばらく滑って行くと、ひたち海浜公園の駐車場が見えて来た。その手前の広い交差点にぶつかったところで、地図で確かめ右へ行く。四車線もあるバカッぴろいこの道は、公園の形に沿って弓なりにカーブしているはずだった。
ずっと先には、人工的な森と、巨大な観覧車が見えている。それ以外はまだ見渡す限りのサラ地で、手が回り切らないのか、立ち入り禁止の柵もまばらだった。出来立ての歩道にも敷石の間から沢山の雑草が生えていて、滑りにくいことこの上なく、仕方なく車道を中心に行くことにする。
道が大きくカーブするのを確かめながら進んで行く。車道の路面は滑らかですごく調子がいい。反対側に『自動車安全運転センター』と言う看板があるが、森しか見えなかった。
その辺りから登り坂が始まった。傾斜はかなり緩く足の運びも楽だったが、それでも息は荒くなって来た。登り続ける距離が長いのだ。「まだか?」と見上げても、坂の頂点には空しか見えなかった。
とにかくここは、道路も土地もバカっぴろいところのようで、交差した何本かの道路も全てが広く、先が見えないほど真っすぐに伸びていた。これでは急いでもダメだ。ひと蹴り、ふた蹴りと、地道に確実に進んで行くしかない。
そのままどのくらい漕いだのか。長かった坂の上に雲が見えて来て、少しずつ、頂上に近づくのがわかった。そうしてようやく、登りが終わった・・、と腰を伸ばした瞬間だった。「ウッ」とキャプテンは声を失い、森広君も、「おおっ」と、言ったきり・・
その坂の向こう側に見えたものは、バカッぴろい海の青だった。
これは、今までのブレード走行には無いスケールの大きさだった。この公園の設計者は、地平線を越え一気に水平線へ、鳥が舞い降りるような視点から海へと臨む、そう言う場面展開が造りたい一心で、ここに一本、この広い道路を走らせたのに違いない、そう確信した。
キャプテンは息を整えながら、ゆっくりと惰性で滑って行った。頂上から下界まで、およそ200mは有るだろうか。海を眼下に眺め、道が下り始めるのを待っていた。
やがて少しずつ勢いがつくと、キャプテンは前かがみになり、ひざを両手で押さえ込む。そうして、少しずつ速度を増しながら、海からの強い風の中を、空から舞い降りる感じで・・
ほとんどノンブレーキだった。タイヤの音と、路面の振動・・
両手をいっぱいに広げ、強烈な風を受けとめる。
◆ 何を見たんだ? 新妻隊員!◆
海岸すれすれまで滑り降りて、ほぼ同時に降りた森広君と道の上を見上げた。遅れて来る新妻君を待っていたのだ。彼は頻繁にヒールブレーキをかけ、ずいぶんゆっくりと降りて来る。その様子からすると、痛めているのはツメだけではなさそうだった。
両手をいっぱいに広げ、強烈な風を受けとめる。
◆ 何を見たんだ? 新妻隊員!◆
海岸すれすれまで滑り降りて、ほぼ同時に降りた森広君と道の上を見上げた。遅れて来る新妻君を待っていたのだ。彼は頻繁にヒールブレーキをかけ、ずいぶんゆっくりと降りて来る。その様子からすると、痛めているのはツメだけではなさそうだった。
彼が追い付くのを待って、そこから『阿字ヶ浦海水浴場』沿いのせまい道を行く。
驚いたのは、沿道に立つ呼び込みの数の多さだった。彼らはおのおの海の家の旗を持ち、それを大袈裟に振って、訪れた車を自分の駐車場に引き入れようと必死なのである。車が通るたびに、まるで念力をかけるように、「まがれ! まがれ!」と力を込めて振っている。それが海水浴場の約1kmの間、物凄い人数で延々と続いているのである。
その迫力に圧倒されながら滑り続けて行くと、海水浴場の終わりで道が極端に細くなり、岬の陰に回り込んでいるのが見えた。行き止まりではないか、と不安になったキャプテンは、近くにいた若い旗振り男に声をかけてみた。
「この道は抜けられますか?」すると男は笑顔で元気良く、「抜けられますよ! 急な登りですけどね!」と言って、左にカーブ、と言う格好をして見せた。
「そうですか、行けますか、どうもありがとう」そう言って先へ行こうとすると、
「それ、バックミラーですか?」と、サングラスに取り付けたミラーを指さした。
「そうですよ」とキャプテンが答えると、「へー・・」と笑い、もう一度、「抜けられますから! 急な登りですけど!」と繰り返すのだった。
「それ、バックミラーですか?」と、サングラスに取り付けたミラーを指さした。
「そうですよ」とキャプテンが答えると、「へー・・」と笑い、もう一度、「抜けられますから! 急な登りですけど!」と繰り返すのだった。
その言葉通り、道は急な登り坂になっていた。しかも次々に車が降りて来るので、なかなか上に進めない。車の方もあまりに急な傾斜に恐れをなしてか、やたらブレーキをかけ、ノーズを上下に揺らしている。
ブレード隊を悩ませたのは車だけではなかった。スリップ防止のため、路面が必要以上に粗く造られていたのである。それがホイールの回転を拒んで失速、やたらツンのめる。ヘタをすると転倒しそうだった。
「もし下りだったら危なかった」
と森広君が語ったように、三人は何度も足を取られ、ツンのめっては立ち止り、車をやり過ごしてはまた登る、と言うことの繰り返しで、やっとのことで登り切ったのだった。距離にすればほんの20mぐらいなのだろうが、かなり体力を奪われ、全員その場でへたりこんでしまった。
と森広君が語ったように、三人は何度も足を取られ、ツンのめっては立ち止り、車をやり過ごしてはまた登る、と言うことの繰り返しで、やっとのことで登り切ったのだった。距離にすればほんの20mぐらいなのだろうが、かなり体力を奪われ、全員その場でへたりこんでしまった。
坂を上がったところは、古い静かな家並みになっていた。三人は、休業していた雑貨屋の前で休憩することにした。
「すっげえ坂だったな・・」
と、息を切らしながら、それぞれ自販機の飲み物を買いに行く。
と、息を切らしながら、それぞれ自販機の飲み物を買いに行く。
表情を見ると、新妻君のダメージが一番大きいようである。やはり足の痛みのせいだろうか。それに引き換え、くるぶし保護用・衝撃吸収パッドを装着したキャプテンの足は何ともない。じつは、これは凄いことだった。
興味の無い人には解らないだろうが、足の痛み無く、何時間も滑り続けられると言うことは、夢のような話しなのである。逆に、足が痛み出したら楽しいことはひとつも無い、それがブレード走行だとも言える。つまり新妻君は今、その『楽しみの無い世界』に独り迷い込みつつある、と言うわけである。
・・と、その当人は立ち上がって、すぐ目の前の『磯崎神社』の境内の草むらにガサゴソと入って行き、立ち小便など始めようとしているところだった。何食わぬ顔でションベンを開始する新妻君ではあったが、じつはこのとき、彼には足の痛みよりも気に掛かっていることが有ったのである。
と言うのも、坂を上っている途中で、彼はじつにおかしなものを目撃していたのだ。それはキャプテンも森広君も気づかない、彼だけが見たものであった。いったい彼は何を見たのか?。しかし、それはまだ、ここでは語られること無く、静かに放尿が続けられているだけなのであった。
◆ オーシャンビュー海岸道路 ◆
激しい坂道を経験したあとのせいか、この辺りの海岸線は同じようなアップダウンが続きそうだ、と言う見解で一致した。そこで、いったん内陸を目指して進むことになった。
◆ オーシャンビュー海岸道路 ◆
激しい坂道を経験したあとのせいか、この辺りの海岸線は同じようなアップダウンが続きそうだ、と言う見解で一致した。そこで、いったん内陸を目指して進むことになった。
休憩場所からそのまま住宅街を抜けて行くと、間もなく広々とした畑道に出た。それは、はるか彼方まで続く気持ちのよい直線道路だった。恐らく2km以上はあるだろうか。とにかく長い道である。しかも軽トラックが一台通ったのを最後に、まったく車は見えなくなった。
キャプテンはウォークマンを取り出し、音楽を楽しむことにした。風の音が強かったのでボリュームは大きめにした。〃エンヤ〃が、田舎の情景にとても似合っていた。
しばらくして森広君がグイッと速度を増し、キャプテンを追い抜いて、はるか前方へと行ってしまった。
路面温度は30℃。しかし心地よい暑さである。とても素晴らしい走行だ。それにしても30℃がこんなに心地よいとは・・。今年の東京の最高気温は、38.7℃だそうである。
長く楽しめた直線道路の終点は、十字路になっていた。ただ、まともに舗装されていたのは右への一本だけで、自動的に右折することになった。その道は小さな丘を越え、畑の中を下って行くように伸びていた。途中、数人の女子高生を追い抜き、勢いをつけたまま新築の多い住宅街に入り込んだ。
そこからさらに進んで、茨城交通湊線の『ひらいそ駅』の線路を渡る。そして、小さな商店の並ぶ町をどんどん下って行くと、再び海岸に面した通りに出くわした。
その海岸道路は綺麗に舗装され、どことなくアカ抜けた感じだった。山の中腹にはホテルや別荘も見えていて、つまり、〃リゾート地帯〃と言った雰囲気なのである。
歩道は鉄柵で区切られており、片方は歩行者用の散歩道、もう一方はサイクリングロードになっていた。キャプテンと森広君は自転車区分を滑るが、新妻君は歩行者区分を行く。ブレードはどちらに属するのかハッキリしない。
いくつかのカーブをトレースして、不自由も危険もなく、淡々と進んで行った。そろそろ休憩かなと想いながら滑って行くと、遠方に海水浴場らしきものが見えて来た。ところが近づくにつれ、プールのようにも見えるのである。どうなっているんだろう、と想ってさらに近づいて見ると、磯にコンクリートを流し込んで囲いを造り、そこに海水を集めて泳げるようにしてあるのだった。
おまけに片側の岸?にはタイルが敷き詰められ、プールサイド風になっている。「プールサイド」には二つの建物が有り、一つが更衣室で、もう一つがトイレだった。さらに妙なのは、そのプールサイドから、さらに階段を上った所に昔ながらの海の家が有って、そこで昔ながらのオバサンが店番をしている、と言うことだった。
うーむ・・。これはもはや、ミスマッチ・アートと言っても良いだろう。
三人は海の家の前で休憩することにした。荷物を降ろしてブレードを脱いでいると、新妻君はいち早くプールサイドへの階段を降りて行き、うろうろ見物しながらタバコを吸い始めていた。
森広君の方はブレードのまま降りて行って、なんとプールサイドを滑り始めてしまったではないか。それを見たキャプテンが慌てて、
「おい、そっちへ行くな!」
と言うが早いか、駆け寄って行った海の家のオバサンに注意され、すごすごと戻って来た。
「おい、そっちへ行くな!」
と言うが早いか、駆け寄って行った海の家のオバサンに注意され、すごすごと戻って来た。
それからしばらくすると、知らぬ間にトイレに入っていた新妻君が、「やっと出た。今まで、なっかなか出なかった」と言いながら戻って来るのだった。
・・まあ、彼らはそんな男たちである。
そこでの路面温度は35℃。そうとう汗はかいているが、気分はいい。道の行き着く先には、霞がかった海が見えている。まだまだこのオーシャンビューの道は続くらしい。
◆ 昼食はハンバーガー、彼が見たのはターザンの娘 ◆
そのリゾート地帯を離れて、幾つかの大きな倉庫の脇を抜け、『那珂湊』の魚港沿いに入り込んだ。どこからとも無くカツオダシのいい匂いがして、急激に腹が減って来た。そう言えば、そろそろ昼飯にしてもいい時間だ。
◆ 昼食はハンバーガー、彼が見たのはターザンの娘 ◆
そのリゾート地帯を離れて、幾つかの大きな倉庫の脇を抜け、『那珂湊』の魚港沿いに入り込んだ。どこからとも無くカツオダシのいい匂いがして、急激に腹が減って来た。そう言えば、そろそろ昼飯にしてもいい時間だ。
やがて那珂川のアーチ型開門橋を渡って『大洗町』に入る。せまい歩道を滑って海の見える高台に出ると、20mほど下に『大洗水族館プール』が見えた。路上から見る青い水はとても気持ち良さそうだった。水遊びの人々を眺めて一息つき、また誰からとも無く滑り始める。
右手に『大洗ゴルフ倶楽部』、左下には海。その高台の歩道をのんびりと滑って行く。そんな風にして、しばらく大洗町の観光ゾーンが続いていたのだが、観光ゾーンに入って逆に、食事できそうな所が無くなってしまったのである。せめて飲み物だけでもと想うが、それも無い。
やがて左側に広い駐車場が現れると、歩道はまるで、駐車場と道路とを分ける中央分離帯のようになった。
駐車場にはカキ氷屋の露店が立っていた。
「しょうがない。あれでごまかすか!」
と後ろを見るが、二人とも黙って眉間にしわを寄せているだけ。暑さと空腹で少し機嫌が悪そうだ。
しばらく進んでいると、ポツンと、名も知らぬハンバーガー屋が建っていた。あれしかないな、と炎天下の歩道で停止。後から来る二人に店を指さした。彼らもキャプテンの手前で止まり、ものも言わずに荷物を降ろすのだった。
ガラス張りのハンバーガー屋の隣には海の家もあり、裏はシャワー室になっていた。しかし海から高台の駐車場まで上って、さらに交通量の多い道路を渡らねばならず、そのためか、どちらの店も客はまばらだった。
「なんか寂しいところだなあ」と思い、何処だろうと地図で調べてみた。すると、これがどうもあの有名な『大洗海水浴場』らしいのである。妙な気分だった。何だかイメージとは違って、随分寂れた感じの海辺である。
「まあ、今日は平日だからなあ・・」だが、その寂しさそのままに、ハンバーガー屋も寂しそうだった。店内にいた数人の客もブレード隊が向かう頃にはいなくなり、残ったのは若い男二人だけだった。・・寂し過ぎて、かえって場違いな感じがした。
店に入ると、色あせた大きなポスターが目についた。BGMも流れておらず、話し声が空虚に響きわたるのだ。
ただし店の雰囲気とは裏腹に、ハンバーガーの味は中々のものだった。フライドポテトも太切りで、発汗の後の塩味が絶妙である。注文を受けてから作るので、待たされはしたものの「まあまあ、ラッキーだった」と、言えなくもない。
それから親子連れと、数人の水着姿の少女が訪れた後は、昼だと言うのに客足は途絶えた。
食べながら、ガラスごしにまぶしい外の様子を眺めていた。頻繁に行き来する車の向こうで、何組かの若いカップルが駐車場を歩いていた。
・・と、会話が途切れがちになったその時、新妻君がその話しを切り出したのだ。
「あの、旗振りがたくさんいた海の、急な上り坂の途中で、へんな女を見ませんでしたか?」
何のことだか解らなかった。
「坂の左っかわにどこかの家の窓があって、そこから茶髪の若い女が、笑いながら手を振ってたんですよ。それがどうも、タンクトップの片方がはだけて、ターザンみたいになってて、もろに胸が見えていたような・・。オレ目が悪くて、ハッキリではなかったけど・・」
何のことだか解らなかった。
「坂の左っかわにどこかの家の窓があって、そこから茶髪の若い女が、笑いながら手を振ってたんですよ。それがどうも、タンクトップの片方がはだけて、ターザンみたいになってて、もろに胸が見えていたような・・。オレ目が悪くて、ハッキリではなかったけど・・」
ようするに、新妻君はあの急な坂の途中で、片パイ出した茶髪の女が笑いながら手を振っているのを見た、と言っているのである。ただ、ターザンはパンツ一丁で上半身モロだから・・
「ジェーンだろ?」でなければターザンの娘である。
「見ませんでしたか?」
「いや?」
「見なかったなあ」森広君も気づかなかったようだ。
「いや?」
「見なかったなあ」森広君も気づかなかったようだ。
「だいたい、左っかわに窓なんかあったっけ? 森しか無かったと想うけどなあ。右がわだったらわかる。たしかに民宿っぽい建物があったから。・・まさかキミ、なんか得たいの知れないモノ見たんじゃないの。この世のモノではない・・」
「違いますよ! ありましたよ! たしかにいたんですよ。だから、オレを励ますために、ワザと見せたくれたのかなあって、想ったんですよ」
だが、新妻君の必死の訴えにもかかわらず、森広君にもまったく記憶は無いと言う。確かに、新妻君はこんなことで嘘をつくような男では無い、とすれば、彼が何かを見た、と言うこと自体は本当なのだろう。
それにキャプテン自身も、旅の途中で偶然女性のオッパイやオシリを見てしまったと言う経験が有るので、そんなに珍しい話しだとは想わない。しかも今回は夏の海辺だから、たとえば宿で着替えていた途中だったとか、そう言うことは充分考えられる。
ただ、どう記憶をたどってもキャプテンの脳裏には、家の窓など想い出せず、鬱蒼とした森の様子しか蘇って来ない、それが気に掛かるのである。
それでけっきょく、次の四つの可能性を考えて見ることにした。
- ターザンの娘は実在し、あまりに疲労困憊している新妻君を見るに見かねて、片方のオッパイを見せて励ましてくれた。
- 新妻君は目が悪いので、大木の切り株か何かを人間と見間違えてしまった。
- 新妻君は、極度の足の痛みと疲労と熱さのため、幻覚を見てしまった。
- 新妻君は、一瞬だけ不可思議なゾーンに入り込み、白昼、この世のモノではない人物を見てしまった。
この話しは、これ以上はどうかと想うので、とりあえずここで終わりなのだが、とにかく新妻君にとっては、とても奇妙な『一期一会』であったことに間違いは無いのです。
<その4へ>
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