★1992年8月21日(金)15時。キャプテン高橋とゴブリンズ新人・新妻英利は、ついに総武本線千葉駅から鴨川キャンプの拠点、民宿ウエダ(天津小湊町)までの162.2キロをローラー・ブレードによって走破する事に成功。これは前回の東京−富士間77.5キロを、84.7キロ上回る距離であった。
- 待ち合わせは千葉駅
- 快調な滑り出し16号
- あまりに場違いな昼食
- 塩吹くキャプテン高橋
- 『すえひろ』で生き返る
- 場違いな宿、グランパークホテル
- 朝、雨が降っていた
- 救いのオヤジさんが現る
- あじフライとあじの天ぷらは違う
- 音無き警鐘が聞こえる
- 午後の海辺をブレード・ランナーが行く
- ノコギリ山に思わぬ敵が待っていた
- 岬で『岬』と言う喫茶店に引き込まれた
- さらに苦難の道は続く
- 民宿は旅のオアシスだ
■待ち合わせは千葉駅■
嵐が幾つか通り過ぎる頃、空はどこか澄んで、別の季節の色を見せていた。6月の『東京—富士ブレード走行』から、約2カ月、常にキャプテン高橋の胸に去来していたイメージは、南房総のまぶしく輝く海、熱い夏の空気を切り裂く、ブレード・ランナーの姿だった。
8月18日火曜日、9時半。総武本線の終点、千葉駅のホームで、高橋、新妻の両者は、ブレード走行決行のために待ち合わせた。新人・新妻英利君は、果たして心強い伴走者となるのか、それとも単なる足手まといとなるのか、それは誰にも解らなかった。
天気は曇り気味。雨を予感させる黒い雲も漂っていた。南では台風が近づいていると言う。天候はどうなるのか、全く予測が立たなかった。
二人は『総武線千葉駅ホームの進行方向一番前』で会うことにした。気持ちを『前向き』にするため『一番前』を選んだのだ。しかし、ここは終着駅なので、折り返して電車が出発すると『一番うしろ』になってしまう欠点が有った。だが、そんな事にかまってはいられない。二人は勇躍駅を後にした。
■快調な滑りだし、16号■
16号沿いの歩道で用意をする。前回強烈な靴ずれの痛みに悩まされただけに、今回は、テーピング、ワセリン、ガムテープで、対策に万全を期す。用意が済んで立ち上がると、お巡りさんが自転車を止めてじっと見ているのに気づいた。二人は何も悪い事をしていなかったが、逃げるように出発した。
出発10時、天気晴れ、路面温度30℃。この辺りは歩道も広く、新妻君は快調な滑りだしに喜びの表情を見せていた。しかし彼はこの時、この旅の本当の厳しさに、まだ気づいてはいなかったのである。
新妻君のマシンはカナダ製の『バウワー』と言う代物。ローラー・ブレードとは違うメーカーの製品だ。まだ購入してから3日ぐらいしかたっていないせいか、スケーティングにスピード感が無かった。しばらくは彼を先頭に回し、自由にペースを取れるようにした。
30分程滑って、最初の休憩をとる事にした。陽差しがかなり強くなって来る。路面温度は40℃を越えていた。二人は陽焼け止めを塗ることにした。
■あまりに場違いな昼食■
16号の単調な道が続く。ところどころ歩道が無くなると、仕方なく車道を滑らねばならず、凄い音を立てて通り過ぎるトラックに肝を冷やす。しだいに排気ガスで気分が悪くなってくる。
八幡を過ぎ、五井を過ぎて工場地帯に入った。この辺りから四角い石畳の歩道が現れる。これが隙間に雑草が生えてたりして走りにくく、嫌気がさした。そこで通りを渡って右側に行ってみると、素晴らしく滑らかな歩道が有るではないか。もう少し早く気づけば良かった。
出発から2時間あまり経って、あまりの暑さと疲労で、限界に来た。姉ヶ崎の辺りで昼食を取ることに決める。道路沿いに「喫茶レストラン」の看板を見つけた。二人は入り口の前まで滑って行き、ブレードを脱いだ。
どれほど「たまらん」のかと言うと、誰もが一度は経験あるだろうアイススケートを思い出してもらえば解る。スケート靴を履いて2時間滑ったらどれほど疲れるか。それを1日に約6〜7時間も続けようと言うのだから、ちょっとマトモじゃない。
キャプテンが荷を片付けるのに手間取っていると、新妻君は先に入り口へ向かっていた。キャプテンも急いで片付け、後を追う。ところが、「お気軽にお入りください」と書いてあったので、お気軽に入っていったのだが、これがなんと、あまりに場違いな店だったのだ。そこは自動車教習所の休憩所で、生徒が合間に利用する店だったのである。
店の中は若い女性が多く、冷ややかな視線が汗まみれの二人を襲う。店のおばさんも平静を保っているように見えるのは見せかけで、「いらっしゃいませ」と、水を運んでくるその腰つきがやけに引き気味である。
「すっげえ、場違い!」新妻君は大きな声でそう言い放ってから席についた。
それはある種、手負いの獅子の威嚇のようにも思えた。彼らはサンドイッチとオレンジジュースを頼んだが、数十分の場違いな時間にすっかり恐縮したまま食事をして、外に出た。
それでも、休憩と昼食で二人の体力気力は回復した。強い風が気持ち良かった。
「たまらん!」
風を浴びて新妻君が言った。ついでに顔面に冷却スプレーも浴びせていた。今日の目的地、木更津まであと約20km。
■塩吹くキャプテン高橋■
少しずつ、風景が変わって来るのが解った。右側は東京湾に面した工場地帯だが、左側には山や農家が見え始めていた。二人はずっと右側の歩道を滑っていたが、その滑らかな道も次第に荒れて来たので、反対側に渡ることにした。
その時新妻君は、キャプテンのTシャツが、塩の粉を吹いて白くなっているのに気づき驚いていた。路面温度45.5℃。一日目の最高温度であった。このままでは汗かきのキャプテンは、塩化ナトリウムが不足して心臓マヒを起こしてしまうかも知れない。何処かでスポーツドリンクを補給しなければ・・。今回お世話になったのは『アクエリアス・ネオ』であった。何故か、他の飲み物よりすごく冷えているように感じた。
道はやや車の通りが少なくなって来たようだ。広く眩しいアスファルト。鮮やかな空。地平から立ち上る大きな雲。
「たまらん! カリフォルニア・ロード!」新妻君が叫んだ。
「夢から覚めろ、新妻!」キャプテンの心の叫びだった。道端では、農家のおばさんがナシを売っている。
■『すえひろ』で生き返る■
袖ケ浦町にさしかかる頃、西日が容赦無く二人を照りつけ始めた。午後3時、上り坂で風が止まり、二人のホイールも止まった。暑い・・。もう、一歩も進めなかった。たまらず『すえひろ』と言うファミリー・レストランに入ることにする。
富士走行の場合は山だったので、木陰で休めば十分涼しかったが、今度はそうは行かなかった。海辺の平地で、しかも八月だ。だがその分、自販機やエアコンの効いたレストランには恵まれた。当初、あらかじめ、マラソンのように給水所を自分達で設置しておく、と言う案が提出されたが、これはキャプテン高橋によって静かに脚下された。
『すえひろ』で新妻君はコーラを、高橋君はコーラとサラダバーを頼んだ。ここへ来て陽焼けがひどくなったため、トイレで対策を十分に施し、しばらく陽差しが弱まるのを待った。
店を出て少し滑ると、眺めの良い、長い下り坂が現れた。やがてその坂が終わる頃、『木更津市』の看板を見つけた。そこからしばらく田んぼの脇を滑った後、木更津駅を探して、人々に道を尋ねながら滑り続けた。駅についたら、観光案内で宿を紹介してもらおうと考えていたのである。
木更津駅に到着すると、観光案内所でビジネス・ホテルを紹介された。そこを目指して駅から歩き始める。
ホテルにたどり着き、フロントで名を告げて、申し込み用紙に書き込む。見出しが全部英語で書いて有ったため、キャプテンは緊張の余り、「ADDRESS」の所に名前を書いたり、「Mr.」ではなく「Miss.」に〇を付けてしまったり、それを直すためにに黒く塗り潰したり、汗の滴がポタッと落ちたり、グジュグジュになってしまった申し込み用紙を、汗だくになってフロントの若い女性に渡した。
するとその人は、長い時間その紙を見つめて瞳を左右に動かしていた。汚いので失格なのだろうかと思ったが、そのまま部屋のキーを渡された。解読に手間取っただけらしい。
キーは金属の物ではなく、*堅い紙で出来ていて、やたら穴ぼこが開いているヤツである。それは、ドア・キーだけでなく電気類のメインスイッチの役目もしていたため、それが解るまで明かりもつかずエアコンも効かず、大騒ぎをした。(*当時、カードキーはまだまだ珍しかった)
「息苦しい!」新妻君が叫んだ。
エアコンは効きはじめたが、どうも爽やかさがない。これが旅館なら、部屋に入るなりガラッと窓を開け、風を入れて、気持ち良く息をするのだが、ここではそうはいかない。なにしろ窓が開かないのだ。
風呂もユニットバス。浴衣、スリッパでの外出は禁止?、それじゃ、Tシャツにショート・パンツではどうだ。
食事はデパートのレストランで、生ビールと天重を注文した。食後に新妻君は牛乳を飲み、グレープフルーツをそれぞれ一つずつ、夏蜜柑のようにして食べた。
食事からの帰り道、不思議な現象が起きた。新妻君が知らない道をズンズン歩いて行ってしまうのだ。「何処へ行んだ?」と、キャプテンが尋ねると、彼はホテルに向かっていると言う。ホテルは全く反対方向なのに・・
「そうか!」その時キャプテンは愕然として立ち止まった。つまり、彼は方向音痴なのだ。スイカ割りのように街なかで体が一回転すると、もうおしまいなのだ。
ホテルに戻ってから、新妻君は買い忘れた物が有ると言って一人外出した。ドアを開け、出て行く彼の後ろ姿を見ながらキャプテンは、「元気でな」と別れの挨拶した。・・あの方向感覚では、もう会えないのかも知れない。・・しかし、しばらくして彼は無事戻って来たのだった。
夜、風呂場で洗濯をし、新妻君はそれを外の他人の家の塀に干したが、それは朝になっても乾いていなかった。それに引き換え、キャプテンがエアコンの効いた部屋で干した物は完全に乾いていた。新妻君の作戦は失敗に終わったのである。
*
■朝、雨が降っていた■
8月19日。曇り・・
木更津のグラン・パーク・ホテルを9時30分チェックアウト。近くの病院の駐車場で準備をすませ、滑り始めるとすぐに雨が降り出した。空は暗い雲に覆われており、雨天走行は避けられないと想われたが、16号に乗ってから雨はあがり、次第に陽が差し始めた。16号の歩道は広く滑らか、良い滑り出しだ。ほどなく127号に入った。
しかしじつは、127号は予定とは違う道だった。出発前、コースどりで話し合った結果、山道での靴ずれを恐れ、迂回して富津岬方面から攻めようと綿密に考えたのであった。ところが、綿密なわりに簡単に道を間違えていたのである。どうも用意周到な計画は二人には似合わないようだ。
しかしその日、本当に大変だったのは登り坂ではなく、車の往来であった。しばらく行って、ちょっとした山道に差しかかると、道幅が極端に減少し歩道が消えた。そして、大型トラックが肩のすぐ横を通り過ぎる状態が延々と続くと、早くも精神的にクタクタとなった。そこで脇道に入って、雑貨屋の前で休憩することにした。
■救いのオヤジさんが現る■
こんな風に気軽に人が声をかけてくるのは、ずいぶん田舎に入ってきた証拠だ。山道で苦しい走行だが、もう少し我慢して滑っていれば、何か新しい展開が有るに違いない。
127号の車の往来に疲れ果てたころ、ある地点で車通りの無い細い脇道が有るのに気づいた。これはいいと言うことで、その脇道をたどって行くと、畑の中で大きくカーブし再び127号にぶつかってしまう。ところが向こう側を見ると続きらしい道があるのだ。けっきょくその細い道をたどって、何度も横断を繰り返して行くうち、これは旧道が蛇行していた跡なのだと分かってきた。
路面温度40℃、汗が目に滲みて来た。
幾つかの小さな峠を越えた頃、いよいよ限界が来た。足はガクガク、頭はもうろう、フッと気を許すと吐き気が込み上げてくる。何処か休む場所は・・、と探していると、レストランらしき白い建物が見えて来た。二人は合図しあってその前で止まった。ところが看板を見て、よけい胸がムカムカしてしまった。
『焼き肉。しゃぶしゃぶ。ステーキ』
違う、ここじゃない、重すぎる。しかも飲み物だけで出て来れるような雰囲気ではない。自販機も無い。かと言ってこれ以上進めるような状態でもない。あきらめて、道路脇のわずかな木陰でブレードを脱ぎ、休むことにした。
「気分が悪い」「吐きそうだ」そう言ったきり、二人はぐったりとしゃがみ込んでしまった。気温は木陰でも30℃以上。ほとんど風も無い。
ずいぶん長い時間休んでいたが、気力が回復して来ない。それでもそろそろ行くか、と力なく立ち上がっていると、突然麦ワラ帽子をかぶった、いかにもお百姓さん、と言ったいで立ちのメガネおじさんが現れたのだ。そして、こう言うのだった。
「あそこの水、使ってもいいんだよ。冷たいぞう。井戸水だからな。どんどん出して、いくらでも使っていいんだ」そして、駐車場に有るホースを指さした。
突然のその言葉に戸惑いながらも、二人は這うようにそこまで行って、グイッとホースをつかみ、蛇口をひねった。初めは生ぬるい水が出て、間もなく強烈に冷えた水に変わった。そして本当に冷たいその水を、くりかえし頭から浴び、好きなだけ飲んだ。
・・そして二人は生き返ったのだった。
ひとしきり体を冷やすと、二人は準備を終え、山に向かって立ち小便をしてから、すでに畑仕事を始めていたおじさんにお礼を言って、出発することにした。
あの人はどうやらレストランのオーナーらしい。兼業農家なのだ。ともあれ、あきらめず、前進していった結果なら、何かの困難にぶつかった時でも、必ず救いの手が差し伸べられるのである。これは前回の富士走行でも何度も経験していることだが、不思議なくらい確実にそう言う事が起こる。
滑り初めて30分。すっかり力が蘇り、上り坂も難無く通り過ぎて、食欲もわいて来た。二人は右手に見えて来た民宿兼食堂で、蕎麦を食べる事にした。入り口に三輪ミゼットとかスバル360など、古い軽自動車が、ビニールシートを被って飾られているのがおかしかった。
駐車場の脇でブレードを脱いでいると、遠く眼下に海が見えた。ようやく海の見える所までたどり着いたのだ。富津市、かずさみなとの辺りか。
■あじフライとあじの天ぷらは違う■
蕎麦を食べていると、急激に食欲が増して来るのが解った。あれほど気分が悪かったのに、本当にあの井戸水が二人を復活させたようだ。そこで、カニサラダと『あじの天ぷら』を追加することにした。ところが、出て来たのは何と、『あじフライ』だったのだ。
「あっ、しまった、フライか」新妻君が舌打ちした。
うかつにも、『天ぷら』のつもりで『フライ』と注文してしまったようである。似て非なるもの『フライ』と『天ぷら』。二人の脳細胞はまだ完全に蘇ってはいなかったのだ。
さらにキャプテン高橋は、麦茶のおかわりをしようと、給水機のつもりで、隣りの生ビールのコックをひねってしまうと言う失態を演じた。湯飲みは泡だらけになってしまい、仕方ないのでグッと飲み干した。黙っていれば幾らでも飲めるなあ、と思ったが、そこまでにした。
出掛けに店の主人と言葉を交わし、ローラー・ブレードの説明をした。だが、ビールを飲んでしまった事は黙っていた。外に出ると相変わらずの暑さが続いていたが、体力は回復、気分は爽快。わけもなく、何か良い事が起こりそうな気がした。
■音無き警鐘が聞こえる■
店を出てしばらく下った。途中信号が有って、二人が通り過ぎると赤に変わった。当然、一台二台と車が止まり始める。ところが何台目かの車が、突然急ブレーキで止まったのだ。危うく追突するところだ。
「危ないな。気をつけろよー」と振り返って、キャプテンは呟いた。そして向き直って進もうとすると、また急ブレーキの音がして、今度は「ガチャン!」と嫌な音がした。
「うわっ、追突だ!」と、また振り返ってその現場を見た瞬間だった。さらに次の車も急ブレーキ空しく、激しく追突。黄色いウインカーランプが飛び散るのが見えた。ほんの数秒間の出来事だった。
二連続追突事故で、けっきょく3台の車が道の左脇に寄せられ、中から運転手達がやれやれと言う感じで降りて来た。二人は滑りながら何度も振り返って見ていたが、やがてキャプテン高橋が、
「何やってんだよまったく。要するに、あんな風に、わき見しながら運転している車が多いと言う事だ。気をつけて行こうぜ」と言うと、「僕たちじゃないですか?」と新妻君が言う。
つまり、二人に気を取られたから、わき見をしてしまったと言う意味だ。「待てよ、そうかも知れん・・」キャプテンはうろたえた。
確かにあんなに見通しの良い道で、二台も追突すると言うのも解せない話だし、急ブレーキはいずれも二人のすぐ横で踏まれている。さらに、ローラー・ブレード自体が珍しいばかりではなく、キャプテンは、自分が事故に巻き込まれるのを防ぐため、人目につくように、わざとハデな色のコスチュームを身につけていたのである。
無言の警鐘にされてしまった三台の車が、その後どうなったかは誰も知らない。
■午後の海辺をブレード・ランナーが行く■
事故現場から離れて、小さな町を過ぎると、港に沿った道に出た。やがて少しだけ坂道を登り、そこからずっと海沿いの歩道を滑る事になった。午後の強い陽差しが容赦なく照りつけ、海面に光りが反射していた。そのすぐ横を、二人のブレード・ランナーが黙々と滑り続けて行く。
これがキャプテンが想い描いていたイメージだろうか。いや、まだ何か違う。海の色が少しくすんでいる。この辺りは東京湾のはずれ。彼が見ようとしているのは南房総の海の色である。
木更津までが約36km。全工程が162.2kmであるから、4日でたどり着くためには、今日出来れば計70kmは進んでおきたい。館山までは無理としても、富山町辺りまでならなんとか‥‥、そう思い、少し距離を稼ぐため、ここではキャプテンが先頭になってペースを取る事にした。
新妻君は、朝からヒューヒューと木枯らしのような音を立てて走っていた。昨夜ホイールをはずし、丁寧に掃除をしてオイルを差していたが、セッテイングに失敗したらしい。
一時間ほど滑って、いかにも田舎に有りがちなドライブインで休憩した。
■ノコギリ山に思わぬ敵が待っていた■
海辺のドライブインの「寿司」と言う文字にはそそられたが、ここでは飲み物だけ。空き缶を捨てに行くと、店のお爺さんが笑みを見せながら「面白そうなもん履いてるな」と話かけて来た。そのお爺さんに場所を聞くと、今いる所は芝崎の辺り、東京湾フェリーの港が1km程先にあると言う。地図を広げて見るとノコギリ山のすぐ近くだと言う事が解った。
ノコギリ山は、山頂がノコギリの歯のように凸凹しているので、そう呼ばれるようになった。仏像が彫ってあったりと、宗教色の強い山である。千葉に住んでいる子供なら必ず遠足に行く所だとも聞いている。また、かの椎名誠氏が沢野ひとし氏と共に、初めてロック・クライミングにトライし、5m程登ってやめた山であるとも伝えられている。
さて、それは良いとして、ノコギリ山を正面に見ながら進んで行く二人の前に、思わぬ難敵が待ち受けていた。それは、明鐘岬に差しかかろうとしていた時のことだった。目の前に、長く暗いトンネルが現れたのである。車の通りは激しく、道幅もひどく狭い。おまけに中でカーブしていて、見通しがきかないのである。とても生きて抜けられるような感じがしなかった。迷ったあげく、初めてブレードを脱いで迂回する事にした。
それにしても、このような道路の作り方は、ブレードはともかく、歩行者や自転車を全く無視しているように思える。車の走り方を見ていると、人も通る道なのだと言った警戒感はまるで感じられない。まるで、自動車専用道路だと思い込んでいるかのようである。
■岬で『岬』と言う喫茶店に引き込まれた■
ローラー・ブレードをかつぎ、迂回路をとぼとぼ歩いていると、「パンパン」と手をたたく音が聞こえた。振り向くと、海に向かって立てられた小屋の中で、50代ぐらいの男が窓から手招きしていた。
何だろう?と訝しく思っていると、その手招きに引き寄せられ、見る間に新妻君が近づいて行ってしまったのだ。いかん、と思ったがもう遅い。彼は魂を奪われてしまった者のように、よろよろと男の前に佇んでしまったのである。
「中に入れって」振り返った新妻君が言った。すでに彼は、男の術中にはまっていたのだ。
男は短い頭髪で、強い西日の差し込む、開け放された窓に向かって座っていた。カウンターには飲みかけのビール缶が一つ。それと、沖に向けられた望遠鏡が三脚に設えてあった。
男は自分で勝手に話すくせに、こちらから質問するとほとんど答えようとしない。そして、あまり話しかけていると、しまいに「主人はあっち」と言って女性を指さした。
奥で女性が叫ぶ。「お母さん! お風呂の水止めて。28分に止めてって言ったでしょ! お母さん!」時計を見ると、針は40分を差していた。
男はその声に「うふふふ・・」と笑っていたが、急に席を立つと、「呼び込みしててもしょうがねえな」と言って店を出、表にあった白いセドリックに乗り込み、走り去って行った。そして、つまり「客」に呼び込まれてしまったらしいキャプテンと新妻君と、女主人の三人が残された。
「客だったんだ・・」新妻君が、うわ言のように言った。キャプテンは、水木しげるの漫画に出てくる、身代わりを見つけなければ自由になれない妖怪の話を思い出していた。
女主人はアイスコーヒーを運んでから、色々と尋ねて来た。二人は、ローラー・ブレードで鴨川を目指す旅の者であること、トンネルに道を阻まれてしまったこと、サイクリングロードを探していることなどを話した。彼女の話から、サイクリングロードは計画だけで、20年も前からそのままになっていることが解った。
「あたしなんかが、反対したわけよ」彼女は得意げに言った。そうだったのか、それでサイクリングロードが無かったのか。出来ていれば楽勝だったのに・・だが、「そうなんですかあ」と、キャプテンは笑顔で答えるのだった。
「鴨川まで行くんでしょ。だったら館山の方へ行っちゃダメ。鋸南町から左に折れて真っすぐ行けば、そのまま鴨川。絶対そっち行った方がいい。絶対!」女主人は勝手に力説した。さっきの客も変だったが、彼女も何んか変だ。しかし、まだいくつかトンネルが有ると言う情報は手に入った。
「ありがとうございました」二人は丁寧にお礼を言って外に出た。店の前の道を行くと、草深くなった所にティシュの絡まった人糞が有った。ますます不可解な所だ、キャプテンは思った。
■さらに苦難の道は続く■
ブレードを脱いだまま、幾つかトンネルを迂回し、ノコギリ山の入り口を過ぎて、最後のトンネルを避けようと脇道を行くと、やがて道が広がって土木作業の材料置き場のような所に出た。何台かトラックが有り、その脇で作業員風の男が二人、話をしていた。
「わかりました」と言って先を急ごうとすると、男のひとりの方が、さらにしつこく説明しようとする。海辺を行こうが行くまいが、国道に抜けられればそれでいいのである。しかし先へ行こうとする二人に、なおも彼は怪訝そうな顔をして、「気をつけてくれよ。ほとんど人の行かない所だから」と念を押した。
進んで行くと、男が念を押した理由が解った。なんと、道の先は崖っぷちになっていたのである。もろく崩れそうな乾いた急斜面。所々に草が生えているだけ。はるか眼下に砂浜が見える。
■民宿は旅のオアシスだ■
砂浜の先に民宿らしき建物が有ったので、そこを目指して二人は歩き始めた。民宿の入り口まで行って、そこにいたお爺さんに宿を探している旨を告げた。しかし、部屋は空いているが、食事が無いと言う。一度はあきらめかけたが、ご飯とみそ汁だけで良いからと言って、泊めて貰うことにした。
ところがである。食事時間になって行ってみると、確かに他の客よりは落ちはするが、信じられないくらいの豪華な刺し身料理が待っていたのだ。新妻君はお茶だけ、キャプテンはビール一本までと言う*ストイックな旅を続けていただけに、これはあまりにグッドであった。(*ストイック = 感情に動かされず、苦楽を意に介せぬこと。禁欲主義者)
夜、あの岬の『岬』の話になった。新妻君は、あの男は女主人に惚れていて、毎日口説こうとやって来るのだが、気の強い女主人に軽くあしらわれては引き返す、と言う筋書きを作っては空想にふけっていた。
キャプテンは、明日あの場所へ行ってみると、そこには、誰もいない崩れかかった廃屋が有るだけなのではないか、と思った。あの男の、強い逆光の後ろ姿を思い出すたびに、何故か、ついそんな気がしてしまうのであった。・・つづく
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