<高萩 - 犬吠埼・ブレード走行記4 2日目後半>
2日目/8月1日(木)「大洗海水浴場から大竹海岸・民宿大竹まで」
◆ 昼下がりの・・、大洗海岸 ◆
昼食を終えたあと、ちょっと長めの昼休みと言うことになった。
森広君は汗に濡れたTシャツを脱いで日なたに乾し、上半身を焼き始めた。とにかくこの男は、すぐ赤く腫れてしまうくせに、一気に焼かないと気がすまないと言うやっかいな奴なのだ。それに引き換え、足の痛みで予想以上に疲労している新妻君は、海の家で有料のシャワーを浴び、気持ちの張りを取り戻そうと懸命である。
その間キャプテンは、海の家のベンチに座って、ワセリンや日焼け止めを塗り直したり、サングラスの汚れを落としたりしていた。その横を、海から上がって来た何人かの男女が通り過ぎて行く。午後の強い陽差しにみな目を細め、シャワー室に入って行くのだった。
何度か、店番をしているオバサン達のカン高い笑い声が聞こえて、また静かになった。そのあとは、通り過ぎる車と風の音しか聴こえて来ない。
「オレにとっては・・、ここは、日本の裏側だ」慣れ親しんでいる天津小湊や九十九里の海に比べると、ここは本当に見知らぬ海だった。
「これが大洗海岸と言うものか・・」どうしようもない寂寥感が胸に迫った。やっぱり、ゴブリンズキャンプは、犬吠埼ではなく天津小湊にした方が良かっただろうか、と想う。
「とにかく、一度ブレードを脱ぎたい」
との新妻君の言葉に、鉾田駅への分岐点で休憩することにした。
「太洋村は無理かもしれない。もし到達したとしても、観光地じゃ無さそうだから宿が有るかどうかわからない。それより駅周辺なら何か有りそうに想うが・・」
キャプテンは分岐点に立っている案内用のポールを指差した。それによれば、鉾田駅近くに『◯◯ホテル』と言う宿が有るらしい。しかし看板の感じからして、いかがわしいホテルのような気もする。
その時、地図を見ていた森広君が、
「大竹だ。大竹にしましょう!」
と言い出した。差し出した地図には海水浴場を表す旗印が付いていた。
「なるほど、これだったら民宿があるかも知れない。よし、行ってみるか」。こうして、『太洋村』はあきらめ、5kmほど手前の『大竹』を目指すことになった。
再び滑り始めて間もなく、有り難いことに広く滑らかな歩道に乗ることが出来た。これなら新妻君も楽だろう。
さらに進むと、だんだん風景が上品で潤いの有るものに変わって来た。ついさっきまでの寂れた景色とは異なり、木々の葉までもが艶っぽく見える。やがて林の中に、観光地に有りがちな、立派な和食のレストランを見つけた。・・これは良い兆候だ。
「行ける行ける」振り向きながらキャプテンは合図した。
道沿いには、大きな農家が増えて来て、防風林が並木のように立ち始めた。佇まいがとても豊かな印象である。さっきまでの町には悪いが、こっちの方が金持ちが多そうだ。
いい感じで滑っていると、道の先に大学生くらいの女性四人連れが歩いているのが見えた。彼女らは、ブレード隊を見つけて手を振ってくれたので、すれ違いざま軽く手を挙げたら、急に照れたように下を向いてしまった。
「なんだよ、どっちかにしてくれ」
とも想ったが、この辺が遠慮の無いオバサン達と違って可愛いところなのかも知れない。それにしても・・、彼女達は地元の人間と言うよりは、「民宿の夕食の時間まで散歩」と言う雰囲気だった。だとすれば、すでに民宿ゾーンは始まっているはずだ?!
「よーし! こうしちゃいられん、先に良い部屋を取られてたまるか」と鼻息も荒く滑って行くと、まずひとつ目の民宿の看板を見つけた。「キープ!」と指さして、さらに進む。
幾つかの農家の庭先を通り過ぎ、またひとつ民宿発見。ここは見た目は普通の農家だが、確かに泊まれそうなほどでかい家だ。庭で家の人が何か作業をしていた。
「ちょっと、そこの人、ここキープだからね!。いい?」と声をかけたい気分だった。そのまま何軒か民宿を勝手にキープして行くと、大竹海岸への道が見つかった。その曲がり角で止まり、新妻君が追いつくのを待つことにした。
道には、海水浴帰りらしい車が20台ほど信号待ちをしていた。待っている間に信号が青に変わり、いっせいに車が飛び出して行く。その隙間からノーヘルのバイクも涌き出し、斜めになって走り去るのである。
「あいつらノーヘルだけど、たいてい任意保険にはちゃんと入ってるんだよな」
「しかも親が入れてる」そんなことを話していた。
交差点の向かいに、その名も『大竹』と言う民宿が有ったが、海の近くにはもっといい宿が待っているのかも知れないと、新妻君が追いついたところで、まとまって海岸へ滑り降りて行くことになった。ところがなんと、これが物凄い下り坂で、ヒールブレーキかけっぱなしの状態となってしまったのである。
「こんなの、あのとき以来だ」
それはキャプテンが初めて敢行したブレード走行『東京-富士山』の山道のことである。あの道志渓谷走行では、このくらいの坂を80kmずっと、上ったり降りたりして滑り続けたのだ。
海岸が見えたところで急ブレーキをかけて止まる。すぐに森広、新妻両隊員も降りて来てストップ。いきなり『〇〇ホテル』と言う薄汚れた宿が建っていたが、なんか変な圧迫感を感じる。
新妻君は限界のようで、車のいなくなった駐車場へ入り込み、そこでダウン。残った二人は他の宿を探して海沿いを滑り始める。海からとても冷たい風が吹いて来て、火照ったブレード隊には気持ち良かったが、海水浴には寒そうだ。
民宿はひとつふたつ見かけるも、どれもパッとしない。そのまま引き返し、新妻君のところまで戻って来た。三人で、目の前の小さな『〇〇ホテル』にするかどうか迷ったが、様子を見に行った新妻君が盛んに悪口を言って後込みするので、けっきょく、もう一度あの急激な坂を戻って、国道沿いの民宿をあたることにした。しかし、もう滑って上る気力は無い。ブレードは脱いで一歩一歩、「よいしょ、よいしょ、」と言いながら上って行く。
国道近くまで上って来て、目についた宿は二つ。ひとつは防風林に囲まれた古い農家の民宿。もうひとつはさっきの交差点の『民宿大竹』と言う新しそうなヤツだ。どっちにしようかと振り返ると、新妻君が「あっち、あっち、」と指さしたのは、『民宿大竹』の方だった。森広君もエアコンの室外機を見てOKサインを出した。こいつはエアコン無しでは生きていけない奴なのだ。
それにしても、宿選びはとうとう新妻君に主導権が渡ってしまったようである。そう想いながらも、キャプテンには何処か任せている気楽さが有った。と言うのも、彼は宿選びにかなりの『ツキ』を持っているようなのだ。彼が選ぶ宿や店には、まずハズレが無いのである。
夕食は意外なほど早く、5時頃お呼びがかかった。普通は早くても6時過ぎだから、これは異例の早さである。三人はいつものペースで行動していたので、新妻君だけが風呂の途中になってしまった。
「ちょっと、クサいドラマじゃないですか?」新妻君が言った。
「うーむ。でもBGMの作り方は、映画っぽくて印象的だ」とキャプテン。(BGM作曲家は、古畑任三郎の音楽でも有名な「本間勇輔氏」)
・・いや、だめだ。あの海には想い出が多すぎる。
やがて、シャワーを終えて来た新妻君が隣のベンチに座った。彼は自分の足に巻かれたテーピングを剥がそうとするが、すね毛が絡みついているのか、何度も「だあー!」と言う激しい悲鳴を上げていた。そのうちたまりかねて、アウトドア・ナイフで毛を切りながらテープを剥がす、と言う荒っぽい戦法に出た。
その時キャプテンは、彼の足首に大きな靴ズレの跡が有るのを見つけた。やはりツメだけではなかったようだ。それを見て、もうこの先、新妻君が復活することは無いだろうと想った。どんな治療を施しても、このまま延々と苦痛が続くだけであり、楽しいことはひとつも無い。ひょっとすると完走さえ危ないかも知れない。
「ワセリン塗っとけよ、ほら」と彼に差し出すと、意外なほど素直に受け取り、靴ズレの患部に塗り始めるのだった。ひとが薦めるものをことごとく拒絶するヘソ曲がりの新妻君も、今度ばかりは相当参っているらしい。キャプテンは、ワセリンの塗り方やテーピングの仕方など、自分の経験から得た靴ズレ対処法を教えた。
ここから先、新妻君が完走するには、彼の中にあるはずの痛みを越えるほどの何か、それにかかっている。
『夏の海辺で木を彫る新妻英利』
たとえば、そんな空想でも良い。その空想を実在の物語として完成させるためには、四日間のブレード走行と言う演目をやり遂げ、8月3日の土曜日に犬吠埼の海辺に立っていなければならない。彼がそんなシナリオを想い描けるかどうかだ。
もちろん彼だけではない。森広君には森広君なりのシナリオがあって、「到着ウイニング・ランにはこの曲を聴こう」と決めている曲が有るらしい。その一瞬に向かって、すでに彼のイメージも凝縮し始めているのだ。
そしてもちろんキャプテンには、キャプテンなりの、密かな・・
やがて、シャワーを終えて来た新妻君が隣のベンチに座った。彼は自分の足に巻かれたテーピングを剥がそうとするが、すね毛が絡みついているのか、何度も「だあー!」と言う激しい悲鳴を上げていた。そのうちたまりかねて、アウトドア・ナイフで毛を切りながらテープを剥がす、と言う荒っぽい戦法に出た。
その時キャプテンは、彼の足首に大きな靴ズレの跡が有るのを見つけた。やはりツメだけではなかったようだ。それを見て、もうこの先、新妻君が復活することは無いだろうと想った。どんな治療を施しても、このまま延々と苦痛が続くだけであり、楽しいことはひとつも無い。ひょっとすると完走さえ危ないかも知れない。
「ワセリン塗っとけよ、ほら」と彼に差し出すと、意外なほど素直に受け取り、靴ズレの患部に塗り始めるのだった。ひとが薦めるものをことごとく拒絶するヘソ曲がりの新妻君も、今度ばかりは相当参っているらしい。キャプテンは、ワセリンの塗り方やテーピングの仕方など、自分の経験から得た靴ズレ対処法を教えた。
ここから先、新妻君が完走するには、彼の中にあるはずの痛みを越えるほどの何か、それにかかっている。
『夏の海辺で木を彫る新妻英利』
たとえば、そんな空想でも良い。その空想を実在の物語として完成させるためには、四日間のブレード走行と言う演目をやり遂げ、8月3日の土曜日に犬吠埼の海辺に立っていなければならない。彼がそんなシナリオを想い描けるかどうかだ。
もちろん彼だけではない。森広君には森広君なりのシナリオがあって、「到着ウイニング・ランにはこの曲を聴こう」と決めている曲が有るらしい。その一瞬に向かって、すでに彼のイメージも凝縮し始めているのだ。
そしてもちろんキャプテンには、キャプテンなりの、密かな・・
◆ 空が曇り始めた国道51号 ◆
ハンバーガー屋の店先から出発、すぐに下り坂が始まった。そのまま『大洗港』へと向かう。やがて、埋め立て地独特の、広くて大ざっぱな風景に変わるころ、左手にとてつもなく高い建物が見えて来た。
『大洗マリンタワー』
全面ミラー張りで、高さ60m。ほかに高い建物が無いので、非常に目立つ。
ブレード隊にとって有り難いのは、このような観光地では周辺の道路もきれいだと言うことだ。この先も『県立大洗海浜公園』そして『人工海岸・大洗ビーチ』と、観光地帯が続くはずである。そのころから、急に曇って気温が下がり始める。路面温度27℃。楽ではあるが、やはり晴れがいい。
大洗港から離れ始めると、『大貫海岸』を経て、やや高台の道路を滑り始めた。見下ろすと、すぐ下に幾つものテントが立ち並んでいた。『大洗サンビーチキャンプ場』である。そこを過ぎて間もなく、道はさらに高く登って、立体交差の合流地点が見えて来た。そこを越えて51号本線へと滑り込む。歩道が無く路側帯になっていて、海側は雑草に覆われた崖だ。
この道路は車にとっても快適らしく、相当なスピードで飛ばして行く。だが、路側帯が広いので危険は感じない。それが5kmほど続いただろうか、約1時間に渡って、ほぼ直線の信号の無い道路を滑って来た。こんな所では急いでも始まらない。じっくりと路面の感触を楽しむくらいがいい。
振り向くと、相変わらずすぐ後ろに森広君、やや間隔を空けて新妻君と言う状況だ。時おり立ち止まって、新妻君との距離を詰めることにする。
いつの間にか空は完全に曇ってしまい、辺りが薄暗くなって来た。昨日と同様、「ヘタをすると夕立が来るかも」と言う不安がつきまとうが、今日の目的地『太洋村』はまだまだ先だった。途中、幾つかのドラブインをやり過ごし、海辺に建つ大きな工場を見下ろしながら滑って行った。
快適一直線ゾーンが終わり、また普通の国道が始まる。歩道が有ったのは良いが、人ひとりやっと通れる幅で、しかも穴あきのドブ板敷きである。
辺りは寂れた田舎の風景に変わっていた。農家と、無人の直売店。畑では、収穫されない作物が腐りかけ、土ぼこりが舞っていた。
足の痛い新妻君をなだめながら、何とかそこを切り抜けると、ようやくガードレール付きの路側帯が現れた。だが、さらに空は暗くなり、湿気のせいで気分の良くない汗がひっきりなしに滲み出して来る。
キャプテンは、ブレード隊を追い抜いて行ったバスの背中に、『鉾田駅行き』のプレートを見つけていた。『太洋村』までまだ10km以上有る、とすればあと2時間以上はかかるだろう。しかし現在午後3時、残された時間はあと約1時間である。ここからコースからは外れるが、近い鉾田駅へ行くと言う手も有る。・・さて、どうするか。
ハンバーガー屋の店先から出発、すぐに下り坂が始まった。そのまま『大洗港』へと向かう。やがて、埋め立て地独特の、広くて大ざっぱな風景に変わるころ、左手にとてつもなく高い建物が見えて来た。
『大洗マリンタワー』
全面ミラー張りで、高さ60m。ほかに高い建物が無いので、非常に目立つ。
ブレード隊にとって有り難いのは、このような観光地では周辺の道路もきれいだと言うことだ。この先も『県立大洗海浜公園』そして『人工海岸・大洗ビーチ』と、観光地帯が続くはずである。そのころから、急に曇って気温が下がり始める。路面温度27℃。楽ではあるが、やはり晴れがいい。
大洗港から離れ始めると、『大貫海岸』を経て、やや高台の道路を滑り始めた。見下ろすと、すぐ下に幾つものテントが立ち並んでいた。『大洗サンビーチキャンプ場』である。そこを過ぎて間もなく、道はさらに高く登って、立体交差の合流地点が見えて来た。そこを越えて51号本線へと滑り込む。歩道が無く路側帯になっていて、海側は雑草に覆われた崖だ。
この道路は車にとっても快適らしく、相当なスピードで飛ばして行く。だが、路側帯が広いので危険は感じない。それが5kmほど続いただろうか、約1時間に渡って、ほぼ直線の信号の無い道路を滑って来た。こんな所では急いでも始まらない。じっくりと路面の感触を楽しむくらいがいい。
振り向くと、相変わらずすぐ後ろに森広君、やや間隔を空けて新妻君と言う状況だ。時おり立ち止まって、新妻君との距離を詰めることにする。
いつの間にか空は完全に曇ってしまい、辺りが薄暗くなって来た。昨日と同様、「ヘタをすると夕立が来るかも」と言う不安がつきまとうが、今日の目的地『太洋村』はまだまだ先だった。途中、幾つかのドラブインをやり過ごし、海辺に建つ大きな工場を見下ろしながら滑って行った。
快適一直線ゾーンが終わり、また普通の国道が始まる。歩道が有ったのは良いが、人ひとりやっと通れる幅で、しかも穴あきのドブ板敷きである。
辺りは寂れた田舎の風景に変わっていた。農家と、無人の直売店。畑では、収穫されない作物が腐りかけ、土ぼこりが舞っていた。
足の痛い新妻君をなだめながら、何とかそこを切り抜けると、ようやくガードレール付きの路側帯が現れた。だが、さらに空は暗くなり、湿気のせいで気分の良くない汗がひっきりなしに滲み出して来る。
キャプテンは、ブレード隊を追い抜いて行ったバスの背中に、『鉾田駅行き』のプレートを見つけていた。『太洋村』までまだ10km以上有る、とすればあと2時間以上はかかるだろう。しかし現在午後3時、残された時間はあと約1時間である。ここからコースからは外れるが、近い鉾田駅へ行くと言う手も有る。・・さて、どうするか。
「とにかく、一度ブレードを脱ぎたい」
との新妻君の言葉に、鉾田駅への分岐点で休憩することにした。
◆ 目的地変更 大竹海岸へ ◆
「太洋村は無理かもしれない。もし到達したとしても、観光地じゃ無さそうだから宿が有るかどうかわからない。それより駅周辺なら何か有りそうに想うが・・」
キャプテンは分岐点に立っている案内用のポールを指差した。それによれば、鉾田駅近くに『◯◯ホテル』と言う宿が有るらしい。しかし看板の感じからして、いかがわしいホテルのような気もする。
その時、地図を見ていた森広君が、
「大竹だ。大竹にしましょう!」
と言い出した。差し出した地図には海水浴場を表す旗印が付いていた。
「なるほど、これだったら民宿があるかも知れない。よし、行ってみるか」。こうして、『太洋村』はあきらめ、5kmほど手前の『大竹』を目指すことになった。
再び滑り始めて間もなく、有り難いことに広く滑らかな歩道に乗ることが出来た。これなら新妻君も楽だろう。
さらに進むと、だんだん風景が上品で潤いの有るものに変わって来た。ついさっきまでの寂れた景色とは異なり、木々の葉までもが艶っぽく見える。やがて林の中に、観光地に有りがちな、立派な和食のレストランを見つけた。・・これは良い兆候だ。
「行ける行ける」振り向きながらキャプテンは合図した。
道沿いには、大きな農家が増えて来て、防風林が並木のように立ち始めた。佇まいがとても豊かな印象である。さっきまでの町には悪いが、こっちの方が金持ちが多そうだ。
いい感じで滑っていると、道の先に大学生くらいの女性四人連れが歩いているのが見えた。彼女らは、ブレード隊を見つけて手を振ってくれたので、すれ違いざま軽く手を挙げたら、急に照れたように下を向いてしまった。
「なんだよ、どっちかにしてくれ」
とも想ったが、この辺が遠慮の無いオバサン達と違って可愛いところなのかも知れない。それにしても・・、彼女達は地元の人間と言うよりは、「民宿の夕食の時間まで散歩」と言う雰囲気だった。だとすれば、すでに民宿ゾーンは始まっているはずだ?!
「よーし! こうしちゃいられん、先に良い部屋を取られてたまるか」と鼻息も荒く滑って行くと、まずひとつ目の民宿の看板を見つけた。「キープ!」と指さして、さらに進む。
幾つかの農家の庭先を通り過ぎ、またひとつ民宿発見。ここは見た目は普通の農家だが、確かに泊まれそうなほどでかい家だ。庭で家の人が何か作業をしていた。
「ちょっと、そこの人、ここキープだからね!。いい?」と声をかけたい気分だった。そのまま何軒か民宿を勝手にキープして行くと、大竹海岸への道が見つかった。その曲がり角で止まり、新妻君が追いつくのを待つことにした。
道には、海水浴帰りらしい車が20台ほど信号待ちをしていた。待っている間に信号が青に変わり、いっせいに車が飛び出して行く。その隙間からノーヘルのバイクも涌き出し、斜めになって走り去るのである。
「あいつらノーヘルだけど、たいてい任意保険にはちゃんと入ってるんだよな」
「しかも親が入れてる」そんなことを話していた。
交差点の向かいに、その名も『大竹』と言う民宿が有ったが、海の近くにはもっといい宿が待っているのかも知れないと、新妻君が追いついたところで、まとまって海岸へ滑り降りて行くことになった。ところがなんと、これが物凄い下り坂で、ヒールブレーキかけっぱなしの状態となってしまったのである。
「こんなの、あのとき以来だ」
それはキャプテンが初めて敢行したブレード走行『東京-富士山』の山道のことである。あの道志渓谷走行では、このくらいの坂を80kmずっと、上ったり降りたりして滑り続けたのだ。
海岸が見えたところで急ブレーキをかけて止まる。すぐに森広、新妻両隊員も降りて来てストップ。いきなり『〇〇ホテル』と言う薄汚れた宿が建っていたが、なんか変な圧迫感を感じる。
新妻君は限界のようで、車のいなくなった駐車場へ入り込み、そこでダウン。残った二人は他の宿を探して海沿いを滑り始める。海からとても冷たい風が吹いて来て、火照ったブレード隊には気持ち良かったが、海水浴には寒そうだ。
民宿はひとつふたつ見かけるも、どれもパッとしない。そのまま引き返し、新妻君のところまで戻って来た。三人で、目の前の小さな『〇〇ホテル』にするかどうか迷ったが、様子を見に行った新妻君が盛んに悪口を言って後込みするので、けっきょく、もう一度あの急激な坂を戻って、国道沿いの民宿をあたることにした。しかし、もう滑って上る気力は無い。ブレードは脱いで一歩一歩、「よいしょ、よいしょ、」と言いながら上って行く。
国道近くまで上って来て、目についた宿は二つ。ひとつは防風林に囲まれた古い農家の民宿。もうひとつはさっきの交差点の『民宿大竹』と言う新しそうなヤツだ。どっちにしようかと振り返ると、新妻君が「あっち、あっち、」と指さしたのは、『民宿大竹』の方だった。森広君もエアコンの室外機を見てOKサインを出した。こいつはエアコン無しでは生きていけない奴なのだ。
それにしても、宿選びはとうとう新妻君に主導権が渡ってしまったようである。そう想いながらも、キャプテンには何処か任せている気楽さが有った。と言うのも、彼は宿選びにかなりの『ツキ』を持っているようなのだ。彼が選ぶ宿や店には、まずハズレが無いのである。
それにこの男、そう言う『直感力』にけっこう自信を持っているフシが有り、それどころか、そう言う直感力も含めた『超自然的』なことに関心有りそうな気配なのである。ただ別の言葉に置き換えているので、表には出て来ないが。
とにかく彼の直感を信じて、『民宿大竹』の玄関へと向かった。表に回って見ると、そこは元々ドライブインだったのを増築して民宿にしたのだとわかった。しかも国道に面したところには、別棟で『カラオケスナック』も建てられている。
「カラオケ」と言う看板に一瞬不安が過ったが、「だいじょうぶ。この旅にはツキが有る」と言うことで、戸を開け、「すみません」と声をかけて見た。すると、中で子供の世話をしていた若い美人が現れ、不思議そうな顔をして、「はい?」と答えた。奥には年を取った女性も見えたが、やっぱり女将さんはこっちなんだろう。
「三人なんですが、泊まれますか?」と尋ねると、
「一泊二食付きで、一人6800円ですけど、いいですか?」
と、見かけによらず、丸出しの茨城なまりで答えた。
うーむ、値段はまずまずだ。いいんじゃないか? と言うことで、部屋へ案内してもらうことにした。部屋は二階のベランダ付き。窓を開けるとなかなか見晴しが良く、風も気持ちいい。すぐ目の前が駐車場で、ご主人らしき人が洗車しているのが見えた。
腰を降ろし風に吹かれていると、今ではタバコを吸わないキャプテンも、急にタバコが欲しくなって来た。新妻君に一本もらって吸い始める。
「うまい!」
なんとも言えない心地よさだった。正にこれがタバコの吸い時と言うものだ。毎日吸い続けている人は、本当にうまいタバコは吸えないと想う。
とにかく彼の直感を信じて、『民宿大竹』の玄関へと向かった。表に回って見ると、そこは元々ドライブインだったのを増築して民宿にしたのだとわかった。しかも国道に面したところには、別棟で『カラオケスナック』も建てられている。
「カラオケ」と言う看板に一瞬不安が過ったが、「だいじょうぶ。この旅にはツキが有る」と言うことで、戸を開け、「すみません」と声をかけて見た。すると、中で子供の世話をしていた若い美人が現れ、不思議そうな顔をして、「はい?」と答えた。奥には年を取った女性も見えたが、やっぱり女将さんはこっちなんだろう。
「三人なんですが、泊まれますか?」と尋ねると、
「一泊二食付きで、一人6800円ですけど、いいですか?」
と、見かけによらず、丸出しの茨城なまりで答えた。
うーむ、値段はまずまずだ。いいんじゃないか? と言うことで、部屋へ案内してもらうことにした。部屋は二階のベランダ付き。窓を開けるとなかなか見晴しが良く、風も気持ちいい。すぐ目の前が駐車場で、ご主人らしき人が洗車しているのが見えた。
腰を降ろし風に吹かれていると、今ではタバコを吸わないキャプテンも、急にタバコが欲しくなって来た。新妻君に一本もらって吸い始める。
「うまい!」
なんとも言えない心地よさだった。正にこれがタバコの吸い時と言うものだ。毎日吸い続けている人は、本当にうまいタバコは吸えないと想う。
◆ ブレード隊、恐ろしいまでのツキなのか?◆
夕食は意外なほど早く、5時頃お呼びがかかった。普通は早くても6時過ぎだから、これは異例の早さである。三人はいつものペースで行動していたので、新妻君だけが風呂の途中になってしまった。
後でわかったことだが、夜のスナック客が来る前に、民宿客の世話を済ませてしまおう、と言うことだったらしい。
そのスナックが食堂代わりで、そこに支度が出来ていると言う。二人はしばらく新妻君が風呂から出るのを待っていたのだが、子供までが呼びに来たので申しわけなくなり、キャプテンと森広君で先にいただくことにした。
階段を降り一度外に出て、国道に面したスナックの扉を開ける。中は薄暗く、いかにも酒場と言った雰囲気である。ソファーに囲まれたテーブルが幾席か有り、その間を観葉植物が彩りを添えていた。だが、田舎に有りがちな、いかにも安っぽいと言う印象ではなかった。
ブレード隊の食事は、たくさんの洋酒が並んだカウンター前のテーブルに用意されていた。ソファーに座り、何げなく目の前の料理を見た二人は、息を飲んだ。
「豪華である!」
刺し身はドーンと盛合わせで、薬味もおろしたてのワサビ、ショウガ、ニンニク、と三種類。肉野菜炒めもたっぷり山盛りで、その横のフライ盛合わせに至っては、海老フライ、アジフライ、鳥の空揚げ、などなど。どれも出来立てのホカホカ、いい匂いがしている!
そのスナックが食堂代わりで、そこに支度が出来ていると言う。二人はしばらく新妻君が風呂から出るのを待っていたのだが、子供までが呼びに来たので申しわけなくなり、キャプテンと森広君で先にいただくことにした。
階段を降り一度外に出て、国道に面したスナックの扉を開ける。中は薄暗く、いかにも酒場と言った雰囲気である。ソファーに囲まれたテーブルが幾席か有り、その間を観葉植物が彩りを添えていた。だが、田舎に有りがちな、いかにも安っぽいと言う印象ではなかった。
ブレード隊の食事は、たくさんの洋酒が並んだカウンター前のテーブルに用意されていた。ソファーに座り、何げなく目の前の料理を見た二人は、息を飲んだ。
「豪華である!」
刺し身はドーンと盛合わせで、薬味もおろしたてのワサビ、ショウガ、ニンニク、と三種類。肉野菜炒めもたっぷり山盛りで、その横のフライ盛合わせに至っては、海老フライ、アジフライ、鳥の空揚げ、などなど。どれも出来立てのホカホカ、いい匂いがしている!
その他にも皿一杯の漬物、サラダ、みそ汁は当たり前、食後にメロンとスイカが付いて、そしてそのどれもが、量が尋常ではないのだ。
夜にはカラオケスナックの美人ママに変身するらしい女将さんにビールのお酌をされながら、二人はかなり迷っていた。そしてついに、「どう考えてもこれは、先に食ってしまうわけにはいかない」と決断、急遽森広君が入浴中の新妻君を呼びに行くことになったのである。
「くっそう、早く来い新妻!。早くパンツはいて降りて来い!」
その後、三人が一気に天国まで上り詰めたことは言うまでもない。
夜にはカラオケスナックの美人ママに変身するらしい女将さんにビールのお酌をされながら、二人はかなり迷っていた。そしてついに、「どう考えてもこれは、先に食ってしまうわけにはいかない」と決断、急遽森広君が入浴中の新妻君を呼びに行くことになったのである。
「くっそう、早く来い新妻!。早くパンツはいて降りて来い!」
その後、三人が一気に天国まで上り詰めたことは言うまでもない。
◆ 木彫りターイム! その後、森広隊員異常興奮!◆
豪華な食事を終え部屋に戻って来た三人は、覚めやらぬ興奮を口々に発表しあうのだった。特に森広君は『肉野菜炒め』がいたく気に入ったようで、「すごい、あの野菜炒めはすごい・・」とうわ言のようにつぶやきながら洗濯物を干している。
「この先もう、何をやってもうまく行く。この旅は初めから用意されていたんだ!」と新妻。
さらにキャプテンが、
「約束の地、神の降り立つ場所へ・・」
・・などなど、興奮のあまり、みんな少し頭が変になっていたようである。
確かに、決して手の込んだ料理と言うわけではないのだが、丁寧に味が整えられていて、一口一口染み込んで行くような美味しさが有った。これも毎晩スナックのつまみ作りで鍛えられているためであろうか。質、量共に、感激の食事であった。
風呂、食事、とクリアーして来た三人に残された課題は、木彫りのオブジェを造る仕事であった。
「木彫りターイム!」
とそれぞれ声を上げ、オブジェを造り始める。
キャプテンはほぼ原型を削り終え、粘土の張り付けにかかっていた。森広君も大まかなブレードの形は出来ており、それを飾り付ける土台が問題、と言う段階だ。ただ一人、一生懸命、何を削っているのか解らないのが新妻君である。ただそのシルエットから、どうやら動物らしいと言うことだけは解って来た。
「わかった、熊だ!」北海道出身だから、故郷を想い出しているのか?
「サケくわえさせろ、サケ!」と、森広君が叫ぶが、
「違いますよ」と彼は彫り続ける。
「わかった、犬吠埼だから、犬だ! そうだろ?」
今度は何も言わない。いや、少し間が有って、
「・・違いますよ」
あやしい!? この男、図星を付かれると、どんどん答えを変えてしまう、そんな奴だからな。
『木彫りターイム!』が一段落し、布団を敷いて横になっていると、もう眠気が襲って来た。8時、そろそろ眠ろうかと想っていたら、森広君が急に騒ぎ始めた。
「コーチが始まる! コーチを見るんだ!」と言うのである。『コーチ』とは、浅野温子・玉置浩二主演の、弱小草野球チームが出てくるドラマのことだ。
豪華な食事を終え部屋に戻って来た三人は、覚めやらぬ興奮を口々に発表しあうのだった。特に森広君は『肉野菜炒め』がいたく気に入ったようで、「すごい、あの野菜炒めはすごい・・」とうわ言のようにつぶやきながら洗濯物を干している。
「この先もう、何をやってもうまく行く。この旅は初めから用意されていたんだ!」と新妻。
さらにキャプテンが、
「約束の地、神の降り立つ場所へ・・」
・・などなど、興奮のあまり、みんな少し頭が変になっていたようである。
確かに、決して手の込んだ料理と言うわけではないのだが、丁寧に味が整えられていて、一口一口染み込んで行くような美味しさが有った。これも毎晩スナックのつまみ作りで鍛えられているためであろうか。質、量共に、感激の食事であった。
風呂、食事、とクリアーして来た三人に残された課題は、木彫りのオブジェを造る仕事であった。
「木彫りターイム!」
とそれぞれ声を上げ、オブジェを造り始める。
キャプテンはほぼ原型を削り終え、粘土の張り付けにかかっていた。森広君も大まかなブレードの形は出来ており、それを飾り付ける土台が問題、と言う段階だ。ただ一人、一生懸命、何を削っているのか解らないのが新妻君である。ただそのシルエットから、どうやら動物らしいと言うことだけは解って来た。
「わかった、熊だ!」北海道出身だから、故郷を想い出しているのか?
「サケくわえさせろ、サケ!」と、森広君が叫ぶが、
「違いますよ」と彼は彫り続ける。
「わかった、犬吠埼だから、犬だ! そうだろ?」
今度は何も言わない。いや、少し間が有って、
「・・違いますよ」
あやしい!? この男、図星を付かれると、どんどん答えを変えてしまう、そんな奴だからな。
『木彫りターイム!』が一段落し、布団を敷いて横になっていると、もう眠気が襲って来た。8時、そろそろ眠ろうかと想っていたら、森広君が急に騒ぎ始めた。
「コーチが始まる! コーチを見るんだ!」と言うのである。『コーチ』とは、浅野温子・玉置浩二主演の、弱小草野球チームが出てくるドラマのことだ。
キャプテンはそれまでほとんど見たことは無く、「こう言うときはなあ、ビデオに予約しておいて、帰ってからゆっくり見るもんだよ」と諭し、眠りにかかろうとしたのだが、彼の様子が尋常ではない。キャプテンがいくら言っても、
「コーチ!。コーチ!。コーチ!・・」
と繰り返し、部屋の中をうろうろと、意味も無く歩き回っているのである。
けっきょく、「君はリアルタイムで見なければ気が済まないタチなんだなあ」と言うことで、ドラマが終了する11時まで、付き合うことになったのだ。
その回の筋書きはこうである。
「コーチ!。コーチ!。コーチ!・・」
と繰り返し、部屋の中をうろうろと、意味も無く歩き回っているのである。
けっきょく、「君はリアルタイムで見なければ気が済まないタチなんだなあ」と言うことで、ドラマが終了する11時まで、付き合うことになったのだ。
その回の筋書きはこうである。
・・仕事に失敗して倒産寸前の九十九里缶詰工場に飛ばされ、工場長となった「浅野温子」。彼女は工場の弱小野球部に、チームとグランドの存続を賭けて網元チームと試合をさせる。負けたらグランドは売り飛ばされてしまうのだ。だが、試合はあえなく惨敗。
ところが何を想ったか、彼女は彼らにボールを投げつけ、もう一度グランドを賭けてリターンマッチをしろ、と叫ぶ・・
「ちょっと、クサいドラマじゃないですか?」新妻君が言った。
「うーむ。でもBGMの作り方は、映画っぽくて印象的だ」とキャプテン。
ところがである。これは後に解ることなのだが、何げなく見ていたそのドラマの画面には、偶然にも、ブレード隊がいま向いつつある、最終目的地の風景が映し出されていたのである。
つまり、ゴブリンズの1996年度の夏季キャンプ地、犬吠埼・長崎町周辺は、ドラマ『コーチ』のロケ現場だったのだ。しかも予約我々がした宿は、コーチ撮影スタッフの休憩所として使われた宿で、画面の中にも登場している。
ブレード隊の三人は、その事実も知らぬまま、やがて目にするであろう風景を、到着前に、まるで予知映像のごとく見せられていたのである。
これは偶然なのだろうか。いや、偶然のように見えて、この世で起こることは、全て予定されていた必然だと言う説も聞いたことがある。だからこそ『一期一会』とか、『袖擦り会うも他生の縁』と言ったような言葉が残り、伝えられているのだと・・
「初めから用意されていた旅?」
「約束の地・神の降り立つ場所へ?」
・・いやいや、考え過ぎだ。やはり単なる偶然なのだろう。だいたい、そのロケ現場に到着しても、宿泊先の女将さんに教えてもらわなければ、何も知らないまま帰ってしまったはずなのだし・・
ともかく三人、その夜は何も真実を知らぬまま、かすかに響くカラオケの歌声を聞きながら、静かに眠りに落ちてしまったのである。
・・旅は続く。
ブレード隊の三人は、その事実も知らぬまま、やがて目にするであろう風景を、到着前に、まるで予知映像のごとく見せられていたのである。
これは偶然なのだろうか。いや、偶然のように見えて、この世で起こることは、全て予定されていた必然だと言う説も聞いたことがある。だからこそ『一期一会』とか、『袖擦り会うも他生の縁』と言ったような言葉が残り、伝えられているのだと・・
「初めから用意されていた旅?」
「約束の地・神の降り立つ場所へ?」
・・いやいや、考え過ぎだ。やはり単なる偶然なのだろう。だいたい、そのロケ現場に到着しても、宿泊先の女将さんに教えてもらわなければ、何も知らないまま帰ってしまったはずなのだし・・
ともかく三人、その夜は何も真実を知らぬまま、かすかに響くカラオケの歌声を聞きながら、静かに眠りに落ちてしまったのである。
・・旅は続く。
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