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「茨城46億年後の一期一会 .5」1996

1234・5・67

<高萩 - 犬吠埼・ブレード走行記5 3日目前半>

8月2日・金曜日(3日目)「民宿大竹から鹿島市・グリル鹿島まで」

呪いの見送り

荷物を担ぎ、民宿大竹の駐車場まで出て行くと、女将さん、その娘、お祖母さんが次々に姿を現した。ブレードの物珍しさゆえの見送りと言うところである。

新妻君と森広君は、すみっこの車の陰でブレードを履き始めたが、キャプテンはギャラリーへのサービスもかねて、ど真ん中で準備することにした。そうしていると、ほどなく女の子が駆けよって来た。

「それで、すべってくの?」
その子はそう尋ねた。それに、ああ、そうだよと愛想良く笑い、
「ここからねえ、ずーっと遠くまですべってくんだよう」
と、キャプテンは子供用の声で答えたのだ。ところがである。

「ウソだね!」
予想に反してカワイくない返事がかえって来たではないか。

「ほんとだよ、ほんとほんと」ちょっとあせった。だが、
「ウソだねー!」と、女の子はなおも続ける。

「ほんとだってば」
「じゃあ、東京からすべってきたの?」
「そうじゃなくて、東京から電車で来て・・」
「ああっ!。ほらー、電車なんだってー!」

その子はキャプテンの言葉尻を取って、そーら見たことかとばかり、女将さんを振り返って騒ぎ出した。

「ちがうちがう、電車で遠くまで行って、そこから滑って来たんだよ。わかる?」
「ええー?」

そこでいったんはおとなしくなったが、声は半信半疑のままである。さらにその子の攻撃は続いた。

「雨がふるよ!」ふてくされたような言い方だった。「雨がふってくるよ!」
・・ったく、どうなってんだ?

「そうかなあ?。大丈夫だと想うよ」
「ふるよ!。てんきよほう見てみな!」

これはもう、呪いに近いものが有る。でも、確かに雨が降りそうな空だった。気温も低く、温度計を見ると21℃を示していた。寒いくらいだ。

ブレード走行は、舗装道路が無ければ前進出来ないわけで、アウトドアと呼ぶにはあまりに半端なスポーツだったが、それでも自然相手であることには違いない。雨が降ったら、それを甘んじて受け入れるしかないのである。さて、どこまでもつか・・

女の子はいつの間にかキャプテンから離れ、他の二人のところへ駆けよって行った。その後ろ姿を見ながら「世の中には、いろんな子がいるんだなあ」と想った。

年齢のせいか、ブレード走行が沿道の子供たちにウケるのが一番楽しい。だから、あの子のような反応には、とても寂しい気がしてしまうのだ。

子供はもっと素直でなければいけない。そうでなくたって、大人になると『信じる力』が弱くなってしまうんだから・・。何でもまず疑ってかかるようになり、その結果、何事もうまく行かなくなってしまうんだ。

・・人間は、自分が信じたものは必ず実現出来ると言う。どんな荒唐無稽な空想であっても、『信じて』地道に続けて行けば、必ずそれは本当のことになる。じつは人間の脳は、実現不可能なものは、初めから想い浮かべないように作られている、・・らしいんだ。

確かに見てごらん。宇宙開発、バイオテクノロジー、コンピュータ産業など、現代の著しい科学技術の進歩は、子供のころ僕たちが空想していた『夢物語り』ばかりだよね。

たとえば『スペース・シャトル』なんか、キャプテンが10才の頃、少年マガジンの特集『未来の宇宙船』の中に描かれていた、空想イラストの一つにすぎなかったんだ。・・それが今、実現している。

つまりこれは、人々が、ずっとあきらめず、空想を信じ続けた結果だと想う。だってそうだろ?。開発者が、「いやあムリだ。こんな物が造れるわけがない」なんて想ったら、出来上がるわけがないよね。

それからもう一つ、キャプテンは自分がコンピュータを使っている時に思うことがある。「オレはまるで、子供のころの、漫画の登場人物みたいだ」

キャプテンの言う漫画とは、つまりあの『手塚治虫』の作品のことだ。あの頃、手塚治虫が描いていた世界、そのイメージは、知らぬ間に子供たちの心の中に宿り、成長と共に、その空想に向かって、大きな物語を築き始めていたんだ。

超高層ビル、その間を走り抜ける首都高速、空力フォルムの車、ロボット、コンピュータ制御の無人工場、原子力発電、コンピュータ・グラフィックス、バチーャル・リアリティ、携帯電話、テレビ電話、遺伝子操作、クローン生物、宇宙ステーション、火星植民地計画・・

この分だと、もうじき『火の鳥』が現れるのかも知れないね。

『未来世界・・』
そうなんだ。つまり僕たちは、むかし僕たち自身が想い描いていた夢の中を、いま生きていることになる。そしてそれは、心のどこかで、ずっと手塚治虫を信じ続けていたその結果に違いない。だから山下達郎が歌っているように、僕たちはみんなきっと、手塚治虫の漫画に育てられた『アトムの子』だ。

「これからどんな未来世界が来るのか。それは、子供たちがどんな夢を見るかで決まる」。日本初のTVアニメーション『鉄腕アトム』を、日本で初めて見た子供の一人、キャプテン高橋は想う。


ブレード隊 分裂の危機?

民宿大竹からずっと観光地仕様の滑らかな歩道が続き、出発としては快調そのものと言って良かった。しかし、気温は夏とは想えないほどの低温で、森広君のように、「もっと、カッと暑くなってくれ!」と言う気にもなってしまう。

ただ、ぜいたくも言っていられなかった。振り返ると、新妻君がかなり遅れ気味になっていることが解ったのだ。今日は特に調子が悪そうである。ツメが内出血している上に、靴ズレを起こしているのだから無理もない。

「このツメ、たぶんはがれますよ」
と彼は言っていた。キャプテンも一度、スパイクのサイズが合わずツメをはがしたことが有るので、どんなことが起きるのかすぐに解った。

最初は激しい痛みとともに内出血を起こす。それが黒ずんで痛みが治まると、親指のツメが大きくカクカクと動くようになる。そしてある日、風呂に入ったときなどに突然、SFホラー映画『ザ・フライ』のように、ツメがその形のまま、そっくり取れてしまうのだ。

ところが取れてしまうと案外平気で、痛みも無く、そこには皮膚が硬化したばかりの小さなツメ、いわゆる『半月』が現れている・・

何度か立ち止まり、近づくのを待ってまた滑り出す。彼がどこまで持つか、それは、これからの道路次第だと言って良いが、今の路面が続いている限りは、何とか大丈夫そうである。

周囲には畑が続き、遠方は湿った空気で霞んでいた。左手には海が有るはずだが、漂う霧のせいで空と区別がつかない。林の間から見えるのは、一段低くなった畑と農家、それに灰色の空だけだった。

この辺りはもう『太洋村』だろうか。それとも・・。なんてこと考えているうちに、ハッと我にかえった。ところが、どんな風にしてここまで来たのか、まったく記憶が残っていない。

たとえば、滑走中の心理状態には何種類か有って、
『色々と物想いにふける』
『景色や路面の良さに気分が高揚する』
『危険回避のために緊張する』

などが入り乱れて形成されているが、その中に時折り、10数分間のポッカリと記憶の無い時間帯が存在する。言わば、滑りながら眠っているようなものだが、ちょうどその時がそんな『瞑想状態』だった。

時計を見ると、出発から約1時間ほどが過ぎていた。ほとんど疲れは無いが、一定の間隔で休憩を取るのが基本だ。

駐車場付きのスーパーが見えて来たところでストップ。立ち止まって後続を待つことにした。すぐに森広君が到着、二人で自販機のジュースを買い、水分を取りながら新妻君を待った。

間もなくはるか後方から彼の姿が見えて来る。もともとピッチ走法だが、痛みのせいか、さらに歩幅がせまく見えた。ところがである。やがて少しずつ近づき、あとは惰性で滑ってくるだろうと言う距離まで来たのだが、一向に足を止める気配がない。それどころか突然、

「先に鹿島へ行くぞ!」
新妻君はそう叫び、呆然と立ち尽くす二人を置き去りにして、そのまま50mほど滑り去ってしまったのである。

残った二人は、アッケに取られていた。そして少しの間、新妻君の背中を目で追い、それから「どうなってんだ?」とばかり空き缶をゴミ箱に投げ捨て、あとを追い掛けることになった。

キャプテンは、この突飛な行動が、奇跡的に回復してくれた結果なら良いのだが、と想っていた。しかしそれが彼の「最後ッペ」だと解るまでには、数分とかからなかった。

緩やかな登り坂でまず森広君が追い抜き、それからキャプテンが簡単にかわしてしまった。そしてわずかな間こそ、一定の距離を保ってついて来たが、やがて少しずつ遅れ始めたのである。

その間に道路からは歩道が消え、ガードレール沿いの路側帯を進むことになった。バックミラーごしに、見る見る新妻君の姿が小さくなって行く。そして、登りながらの大きなカーブにさしかかったところで、彼の姿は完全にミラーから消えた。

キャプテンは立ち止まり、新妻君を待つことにした。この間、森広君は気づかずにそのまま下り坂を降りて行く。一度、腰まで消えたところでストップさせようかとも考えたが、すぐに追いつけば良いのだと、そのままにしておいた。

そしてガードレールに腰掛け、待つこと数分、いや・・10分、なかなか現れない。
「どうした・・」どんどん時間は過ぎて行く。「ぶっ倒れたか?」

引き返した方が良いだろうか、と想った。それとも、先に森広君を追いかけてストップさせ、それからにするか。

大型トラックが何台も通り過ぎて、そのたびに強い風に煽られた。
「遅すぎるなあ・・」

とにかく、このままだとブレード隊はバラバラになってしまう。決断がつかず迷っていると、幸いにも森広君が引き返して来るのが見えた。彼も異変に気づいたらしい。とりあえずこっちは一安心だ。あとは・・

森広君はキャプテンの近くまで滑って来て、黙って同じようにガードレールに寄り掛かった。「来ないなあ」キャプテンが後方を見たまま言った。

彼を見失ってからもうかなりの時間になる。これは、いよいよ救助隊出動かあ?。と想い始めた時だった。カーブ沿いの建物の陰から、ようやく新妻君が姿を現したのである。

彼は、例のピッチ走法で少しづつ近づき、二人がいるすぐそばまで来ると、「途中で休んでた。もう限界だ。置いてってください」と言って苦笑した。

キャプテンは少しムッとした。
「休んでた?。・・だから、休む時に休まないから、そう言うことになるんだよ。チームワークってのが全然わかってないんだなあ」

そう言うと、彼はさらに苦笑した。
「あの時は、あそこで止まったら、もう動けなくなると想った・・」

それを聞いたキャプテンは、新妻君の足が予想を越えてひどくなりつつあること、それは理解した。「よしわかった。じゃあ、もう少し様子を見て、それでダメなようだったら、置いて行くことにしよう」

最悪のときは、地図で場所を確認、一応の待ち合わせ場所を設定し、森広君と先に行って宿を見つけ、あとは携帯電話を使って何とかしよう、と考えたのだ。

「わかりました」新妻君は力なく返事をした。

そこからはずっと歩道が無くなった。山道で、鬱蒼と樹木が生い茂っている。しかも大型トラックが肩のすぐ横を引っ切りなしに通り過ぎ、気を緩める暇も無い。

それでも道路が平らな内はまだ良かった。いきなり路面が荒れ始めたのだ。工事中の仮舗装で、ずっと先までクサリで跡を付けたような凹凸が続いていた。

その振動を足に受けながら、キャプテンは気が気ではなかった。彼自身が同様の故障を抱えて滑走した経験から、新妻君がどんな苦痛に見舞われているか手に取るように解るからである。反対側の方が楽だろうか、と探りを入れたりするが、交通量が多過ぎて、渡ること自体が危険だと想われた。

辺りは人里を離れ、薄暗くなっていた。抜けられそうな脇道らしきものは見当たらず、荒れた路面もずっとそのまま良くなる気配は無かった。

とにかく、気を付けて行こう。こうなると、気温の低いのがせめてもの救いだ。


何処へ行くんだ? 新妻隊員!

そのまま危険極まりない道を40分近くも滑り続けていた。

こう言う場所を進んでいると、時々、良く今まで無事に来れたものだと想うことが有る。キャプテンなど通算1000kmを越えようと言うのに、まだ靴ズレ以上の怪我をしたことが無い。

改めて考えれば、これもみなチームワークと、交通法規を厳守して来た結果なのだと言えなくも無い。だから、ちょっとしたチームワークのほころびでも、危険が忍び寄る前兆に想え不吉な感じがしてしまうのである。

年下の者はどうも「自分だけは事故に会わない」と思っているようだが、「たまたま運が良かっただけ」程度に考えた方が良い。少し前、不死身と言われた天才アルピニスト、『長谷川恒男さん』が遭難して亡くなった時、「あの人でも死ぬんだから・・」と、本当にそう想った。

しばらくすると、左側にドライブインが見えて来た。良く見ると、自販機専門の無人ドライブインのようである。その駐車場の前を半分ほど通り過ぎようとしたところで、急に「休憩しよう」と気が変わった。時間的には早いが、危険な道でストレスが大きかったし、新妻君の状態を考れば、休み休みの方がベターだと想ったからだ。

キャプテンは先を行く森広君をホイッスルで呼び止め、戻って来る彼に休憩する旨を告げた。それから自分はトイレへ向かうことにした。新妻君の姿はまだ見えないが、森広君が道路沿いの良く見える場所に座ったので、来ればすぐに気が付くはずである。

キャプテンはアウトドア用サンダルに履きかえてからトイレに入った。ブレードのままだと知らない人が入って来た時カッコ悪い。ジロジロ見られても、「これはローラーブレードと言って、脱ぐのが面倒なので・・」などと、言いわけするわけにもいかないから、やっぱり履きかえておいた方が安心である。

手を洗って外に出ると、ちょうど新妻君が姿を現したところだった。キャプテンは、彼が振り向いたら「おーい、休憩しよう」と声をかけるつもりだった。ところがまた彼の様子がおかしい。目の前の森広君の姿を見つけたはずなのに、いっこうに減速する気配が無いのである。「ヘイ!」と呼んでも反応が無い。

彼は正面を向いたまま、座り込んでいる森広君のすぐ横を擦り抜け、全長20mほどのドライブインの前を縦走、そのまま国道を南へと、独り、滑り去ってしまったのである。

「あいつ、また行きやがった」
キャプテンは怒ると言うより呆れて、同じく驚いている森広君と想わず目を合わせた。さっきチームワークを大切にしよう、と言ったばかりなのに・・。まあ良い、あの足では、そう遠くまでは行けまい。

二人はまるで、ならず者を追いかける保安官のようにゆっくり呼吸を整えると、それからおもむろに立ち上がった。そしてブレードを履きザックを背負い、森広君を先頭に、新妻君を追いかけて再び滑り始めたのである。

滑り始めて数分が経過したが、新妻君の姿はもう何処にも見えなかった。独りで何を考えているのか。森に囲まれた薄暗い道を、いったい何処まで行ってしまったのか・・


◆ 再会・・◆

路面は相変わらずクサリ模様のデコボコが続いていた。ドライブインを離れるとまた山道となり、樹木の隙間から、こんもりした山と畑が見えていた。

さて、滑りながらキャプテンは、チクチク後悔し始めていた。
「少し言い過ぎただろうか」

もしかすると新妻君は、キャプテンの言葉に反感を抱き、怒って単独行動に出てしまったのかも知れない。でなければ、「チームワークを・・」と言った直後、同じように我々を無視して滑り去ることなど出来ないはずだ。

「まずいなあ・・」
こう言う場合の感情の修復は想ったより大変だ。しかし、どうしても自分の想った通りでなければ気が済まないと言うのなら、単独で行ってもらうしかないか・・

そのまま、どのくらい進んだ頃だったろう。前方の森広君が急にストップし、大声で騒ぎ始めたのである。後から近寄って見ると、あれ? 新妻君が座り込んでいる。なんだ、追いついたんだ、と想った。しかし、ちょっと様子が変である。新妻君は不思議そうに目をむいて、何やらおかしなことを口走っている。

「どうして後ろから来るんだあ?!」
その表情からすると、本気で驚いているようである。

「なんでって、さっき追い抜いて行ったじゃないか」と森広君。
「いつ?」
「気がつかなかったのか? さっきのドライブインで」
「全然・・、知らない!」

「なに言ってんだ。目が合ったじゃないか」
「知らない!」
「目が合ったってば!」

森広君が何度もそう言って笑っている。新妻君は、なお信じられぬと言う表情で座り込んだままだった。

彼は、ドライブインにいた二人にはまったく気づかなかったらしいのだ。そうして、どう頑張っても追いつけないので、とうとう本当に置いてきぼりを食ってしまった・・、と、ガックリへたり込んでいたと言う。

そりゃあ、追いつけるわけがないよ。何しろ新妻君は先頭を滑っていたのだから。それにしても、目が合っても気づかないとは、よほど意識が朦朧としていたのだろうか。だとすれば新妻君の足の痛みは、いよいよ大変な段階に突入したと言うことになるのだが、ただとにかく、何事も無くて本当に良かった。

だから・・、さあ新妻君、立ち上がるんだ。ここはもう鹿島市。『カシマサッカースタジアム』はもうすぐそこだ。でも「それがどうした?」と言われれば、それまでだ。


出てこいジーコ?

新妻君が立ち上がったまでは良かったが、じつは、ここからが大変な道だったのである。道路自体の幅が無いうえに、路側帯が非常にせまくて、車通りが激しい。大型トラックがすぐ横を通り、引っかけられそうな恐怖を感じる。

当然、車の方も気になるわけで、時折り、イラついたようにクラクションを鳴らすダンプも現れる。こう言う奴が危ないのだ。イラついた運転手と言うのは、避けるどころか、わざと幅寄せして来ることが多いのである。

しかし、危険だからと言って立ち止まれば、いつまでも危険から抜け出すことは出来ない。ガードレールに擦りつけるほど端に寄り、少しずつ前に移動する。

すぐ左が薄暗い林で、冷たい風が汗に濡れた身体に吹き付ける。しばらくは、なかなか距離を稼ぐことが出来なかった。それに、新妻君の状態も考慮しなければならないし。右側を見ると、下り車線の方が心持ち交通量が少ないように想えた。

「あっちの方が良くないか?」と言うと、新妻君は、
「そうですね」と言って振り返り、車の流れを見ていた。

森広君にも合図して、右側へ横断する準備をするが、あまりにも車の数が多く、なかなか渡れない。相当な速度なのに車間距離を取らず数珠つなぎで、中にはテール・トゥー・ノーズ状態の車もいる。

うーむ。余計なことは言いたくないが、ドライビングの基本は、充分な車間距離にある。車間さえ有れば、もしもの時、あらゆるテクニックを駆使して危険回避出来るのだ。どうしても車間が狭くなってしまうドライバーは、ようするに速度センスが鈍いのである。

つまり運動神経が景色の流れる速さから車間距離を算出できないわけだ。それにテール・トゥー・ノーズは、ラジエターやエンジンに充分風が当たらずトラブルの原因になるから、真夏にこんな運転をしてるドライバーは、メカ音痴丸出しで恥ずかしい。

でも、今はそれどころでは無く、なんとか隙間をぬって反対側へ渡らなければ。ところが、ようやく車が途切れて渡ったと想ったら、皮肉にも、元いた側に歩道が見えて来たのである。けっきょく渡り直さなければならず、ガックリ。

また慎重に道を渡り、歩道を滑り始める。ただ歩道とは言っても、せまくて路面も良くない。森広君がたまりかねて車道を滑ると、すぐにダンプに煽られてしまう。

そのダンプの威嚇には、「遊んでる奴はどけ。オレたちゃ仕事してるんだ!」と言う凄みが有ったが、その「仕事」が、利権の絡んだ悪徳公共工事などではないことを祈ろう。このごろ「金儲け」を「仕事」とを言い間違えている人が多いからね。

そんなことを考えながら、林に覆われた道をさらに進んで行くと、薄暗い三差路が見えて来た。暗がりでやけに光って見える信号を待ちながら道を確かめた。ここは右へ、国道51号をほぼ道なりに進むことにした。そのまま真っすぐ行けば、124号にぶつかるはずである。

三差路から先はきつい登り坂だが距離は短い。登り切ったあとは、二つの道に車が分散されたためか、交通量がかなり減っていた。

そのあたりからずっと、道沿いには大きな庭の民家が続き、その脇のドブ板の歩道を滑って行った。そのドブ板がガタゴト言って滑りにくく、車が途切れるたびに車道へ降りてラクをした。

次第に辺りが明るくきれいになって来るのが解った。なんとなくいい感じだぞ、と想っていると、頭上に『カシマ・サッカースタジアム →』の標示板が現れた。

そのT字路で新妻君を待ち、いよいよカシマ・アントラーズの本拠地に乗り込む。
「あの、ガタガタがこたえた」
しかめっ面をしながら新妻君が近づいて来た。

幸いそこから静かな森林公園になっていて、スタジアムまでは非常に滑らかな路面を滑ることが出来た。車道に出る必要が無いほど歩道がきれいだった。すぐに駐車場が有った。その頭上の樹木の間から、とてつもなく巨大な建造物の片鱗が見えていた。サッカー・スタジアムの一部に違いない。

さらに進むと、歩道沿いに数面は取れそうな広大なサッカー用グランドが有って、高校生ぐらいの少年達が練習をしていた。そこを通りかかった時、金網越しに突然、新妻君が叫び始めたのである。

「ジーコを出せ! ジーコ!」(注*まだ鹿島にジーコがいた)
振り向く者はいなかった。少年達は何事も無かったかのようにサッカーを続けている。

「ジーコを出せ! ジーコ!」
だが、誰も振り向かなかった。

サッカースタジアムの真下辺りまで来て、その歩道上で休憩することにした。すぐ近くまで行ってウロウロすると、おノボリさんがバレてしまいそうだった。

新妻君は疲れ切った表情で座り込んでいた。森広君も、足首に今までに無かった痛みを感じると言うが、余裕は有る。

すぐに上半身Tシャツを脱いで、オープンレッグでそこらを滑り始めている。(注*オープンレッグ = 足のつま先を左右をに開き、ブレードを横一直線にして横滑りする技)

キャプテンはと言えば、これがまったく足の痛みが無い。今回用意した『くるぶし保護用衝撃吸収ゲル・パッド』は相当な効き目を顕している。


◆ ランチにしとけばいいのに・・森広無念のグリル鹿島 ◆

スタジアムを離れて、また町外れへと滑り出して行った。再び悪路が始まるが、ガードレールに保護され車に脅えるようなことはない。もう12時はとっくに過ぎていて、「どこかで昼食を、」と言う状況だったが、林の中の道には、古びた民家や小さな工場しかなかった。

足を痛めている新妻君も心配だったが、空腹時にイラだつ森広君も気掛かりだ。2kmほど進み、ようやく町らしき賑わいが見えてホッとする。標示板には、『鹿島市宮中』とあった。

「鹿島神宮へ行ってみましょう」
と提案したのは新妻君だった。この男、俗っぽさを否定するわりに、名所・旧跡には目が無い。だが、疲労困憊しているキャプテン、空腹にイラだっている森広の二名は、もし参道が明治神宮ぐらい遠かったらエラい目に会うぞ、と参拝をあきらめるよう説得にかかった。

ともかく、腹ごしらえをするのが先決と言うことで、三人でソバ屋を探しにかかった。何故ソバ屋なのかと言われても解らない。とにかく「
ブレード中の昼飯はソバ屋だ」と言うことになってた。ところが、あまりに固執したことで墓穴を掘ってしまうのである。なぜなら、その町にはソバ屋が無かったからだ。

ソバ屋を探して町を一周、いくら小さいと言ってもけっこうな距離が有る。もはや足は棒のようになり、ついに「もういい、とにかくブレードを脱がせてくれ!」と言う状態にまで追い込まれてしまった。けっきょく元いた場所まで戻って、その角に有った『グリル鹿島』と言うレストランに入ることになった。

グリル鹿島の横は駐車場になっていた。そこで荷物を降ろしていると、雲の合間から陽が射して来たので、新妻君は汗に濡れたTシャツを脱ぎ、横の建物のよく陽の当たる所に慎重に干し始めるのだった。

ところが間もなく、60代ぐらいのオッサンがやって来て、Tシャツを見つけるや否やギロリとにらみ回したのだ。何だオッサン、とキャプテンが身構えたその瞬間、オッサンはその建物に入って行ったのである。えっ?、と想ってよく見たら、なんと新妻君がTシャツを乾した場所は、アパートの部屋の出入り口じゃないか・・。つまり他人の家の庭に干したようなものだ。新妻隊員も苦笑い。

しかし、それは干したままにして、『グリル鹿島』へと向かう。店の扉前のボードには、本日のランチメニューが書き込まれていた。『日替わりランチ/辛味冷やしうどん』うーむ、これだな。

扉を開けようとして、店のちょっと洒落た外装や『グリル』と言う気取った名前から、ひょっとしてオレ達には「場違い」な店なのでは、との不安がよぎった。かつてキャプテンと新妻君は、あまりに場違いな店に入り、「針のムシロ」のような時間を過ごしてヘトヘトになったことが有るから。それで少し神経質になっていたのだ。しかし、店内に入ってみて適度な田舎っぽさが有ることを確認、ようやく安心した。

テーブルに付いて、キャプテンと新妻君は予定通り、『辛味冷やしうどん』、森広君は『冷やし中華』を注文。それから、トライアスロンなどで良く飲用される『バナナセーキ』も頼んだ。バナナからは発汗で失われる『カリウム』や『エネルギー類』が多量に補給出来ると言う。

「いらっしゃい〜ませ〜。お待たせ〜いたしました〜。ありがと〜ございます〜」

と、語尾を伸ばす癖の有る、バカッ丁寧な言葉使いの店員が料理を運んで来た。見た目は髪の長いアルバイト少女と言う雰囲気だが、一人で店内を切り盛りしているその姿は、ベテランのようにも想える。

さて、ランチに付いて来たみそ汁を見た瞬間、森広君がエラく悔しがった。と言うのも、お椀の中には小さなカニが一匹はいっていたからだ。みそ汁はカニのダシが効いて風味豊か、実に美味い。辛味冷やしウドンも韓国風エスニック味で中々いける。

そう言えばさっき、店内に置いてある鹿島市のパンフレットを見ていた新妻君が、高麗焼酎『真露 - JINRO』の日本総代理店が鹿島市内に有ると言う広告を見て、不思議がっていた。・・ウドンの韓国風味付けと、韓国焼酎の日本総代理店。何かつながりが有るのでは?と想ったが、考え過ぎか・・

森広君は、オレもランチにすればよかったと、新妻君から貰ったカニをエライけんまくで食いちぎっていたが、とにかく、ここでもまたブレード隊は食事にツキが有る、と言うことを確認して、グリル鹿島を後にすることになったのである。

「ありがと〜
、ございました〜」

あの少女の、バカッ丁寧な声が耳に残った。





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1 ・ 2 ・ 3 ・ 4 ・ 5 ・ 6 ・ 7 <高萩 - 犬吠埼・ブレード走行記6 3日目後半> 8月2日・金曜日(3日目)「グリル鹿島から波崎町・割烹旅館かわたけまで」 ◆ 今頃ソルボセインかよ・・ ◆ 出掛けに、鹿嶋市パンフレットの地図でスポーツ用品店を見つけていた新妻君が、「ソルボセインの中敷きを買う」と言い出した。なんと、彼はまだソルボセインを使っていなかったのである。 『ソルボセイン』とは、10m以上の高さから生玉子を落としても割れない、と言うほどの衝撃吸収材だが、同様の『αゲル』などと比べると「コシ」が強いので、靴底に入れてもフニャフニャした違和感が無く、自然な使い心地の代物なのである。 これをブレード・ブーツの底に敷くと、アスファルトからの振動を吸収して足を保護でき、疲労もかなり防げる。したがって、キャプテンは以前から、ブレード走行を始める者には『ソルボセイン』を使え、と言い続けて来た。 当然、新妻君もそれを耳にしていたはずで、とっくに使用しているものと想い込んでいたのだが、彼は「そんなことより、ブレードは滑ってなんぼ」とばかり、堅い中敷きのままで間に合わせていたのである。確かに、他人のアドバイスより自らの感覚を信じる、と言うやり方は正しいが、それは継続することにより養われるもので、一発屋には馴染まない。 グリル鹿島から町外れまで滑って行き、『スポーツ101』と言う、この辺りにしては大きめのスポーツ用品店を見つけた。新妻君はそこで『ソルボ中敷き』を購入、店の中で自分の足の大きさにカットして出て来た。 「なんだこれは!? 振動が無い!」 さっそくブレードの底に敷いて滑り始めたその直後の一声である。絶大なるソルボ効果に感動したのだろうか。もちろん一度痛めた足が治ることは無いが、このさき数時間の延命効果としては充分役に立つ。それにしても、最初から使っていれば・・ スポーツ101から離れてしばらくの間は、新妻君に応急処置が施されたことで、少し気を楽にして滑ることが出来た。すでに国道51号からは離れ、124号を進んでいた。 道沿いには、まばらだが、店やレストラン、町工場、中古車ディーラーなどが並んでいた。そこから幾つかの林をくぐり抜け、緩やかな坂道を下り、小ぎれいな民家の立ち並ぶ通りに差しかかった。 そこをさらに進んで、信号待ちで渋滞している交差点が見えて...

「幻のBOSO100マイル .後編」1994

1 ・ 2 千葉 - 鴨川・ブレード走行記 (白浜でリアタイア)        目次 変調 待っていた男 失速 幻のゴール ゆくえ 昼食の間に天気は完全に回復し、再び強烈な陽射しの中を進むことになった。太陽を浴びると、また気分が悪くなってくるような気がした。 少し不安を感じながらも進んで行くと、道の先に見覚えの有る信号が現れた。二年前キャプテンと新妻君の脇で起きた、あの二重追突事故の現場だ。確かにここに違いない。まじまじと周囲を眺め、事故なんて起きそうに無いのになあ、そう想った矢先のことだった。横を通り過ぎた車が、またいきなり急ブレーキをかけたのだ。 「おい!?」とあわてて振り返ったが、幸い事故にはならなかった。またしてもブレード・ランナーが珍しくて前方不注意になったのだろうか。それにしても・・、なんだか嫌なポイントだ。 『湊川』の橋を渡り、右に大きくカーブする山沿いの道をたどると、やがて東京湾浦賀水道の海が見えてくる。遥か向こう岸は三浦半島横須賀の港だ。この辺りからずっと海岸沿いを滑ることになる。キャプテンは、すっきりしない気分を抱えたままではあったが、海を眺めることで力を回復出来ると信じていた。 その道は人の気配が無く、車だけが風を切って行く。歩道は、ゴム状の継ぎ目を飛び越える以外気を使うことはなく、滑らかな路面が続いていた。海側は断崖になっていて、そのギリギリに、幾つかのレストランや小さなホテルなどが建ち並んでいた。 しかし車が数台止まっているだけで、賑わいと呼べるものは感じられなかった。シーズンの盛りにはもっと人が訪れるのだろうか。どの店も、捕れたて新鮮魚介類の料理が売り物らしく、そのことを謳った看板が立てられていた。 「知る人ぞ知る、穴場と言った店が有るのかも知れないな」そんなことをぼんやりと考えていた。 道路から見える崖下の砂浜では、数人の人々が海水浴を楽しんでいた。海の家も無い静かな浜辺は、さながらプライベート・ビーチと言った雰囲気である。そんな光景が何度か現れては消え、『金谷』の辺りまでは、比較的楽しみながら滑って来ることができた。 どのくらいたったのだろう。かなり疲れを感じたところで、丁度よく木々に覆われた細い脇道を見つけた。迷わず滑り込んで、荷物を降ろすことにする。 そこには、心地よい風が吹き抜けていた。道の両側に古い小さな家が建ち並び、遠く水平...

「茨城46億年後の一期一会 .1」1996

1・ 2 ・ 3 ・ 4 ・ 5 ・ 6 ・ 7 <高萩 - 犬吠埼・ブレード走行記1 1日目前半> 1996年8月。ゴブリンズの夏季キャンプが、千葉県犬吠埼の長崎町で行われることになった。そこでゴブリンズ・ブレード隊の高橋文昭、新妻英利、森広康二の三名は、その四日前に茨城県高萩市を出発。犬吠埼・長崎町までの135kmを、4日間かけてインラインスケートのみで南下し、ゴブリンズのメンバーと落ち合う、と言う旅を計画した。 ◆ 主な登場人物  ◆  ブレード隊・キャプテン高橋  草野球チーム・ゴブリンズのキャプテン。34歳で初めての長距離ブレード走行を敢行。今回、通算走行距離1000km突破を目指す。  ブレード隊・新妻英利 隊員  伝説の第一次ブレード隊のメンバー。1995年カナダ・ロッキー山脈にて初の海外ブレード走行を試みるが、足のツメを剥がし100km地点でリタイア。  ブレード隊・森広康二 隊員  1996年からブレード隊に参加の新人。経験は浅いが、抜群の登坂能力とスピードを持つ。ブレード・アクセサリーに凝っている。  塚本じいさん  高萩の外装の汚いビジネスホテルのオーナー(現在廃業)。  水木海岸の少年  岸で駐車場の番をしていた愛想の無い高校生。  旅館須賀屋の女将  飛び込み客に面倒味が良い、 日立港近くの旅館の女主人。  旗振りの男  海岸で旗を振って客引きをしていた無数の人間の中のひとり。  ターザンの娘  あぶない格好でブレード隊に手を振っていたと言う少女。  民宿大竹の女将  茨城弁丸出しの美人ママ。  その女将の子供  出発時に見送りしてくれた疑り深い性格の女の子。  グリル鹿島の娘  バカッ丁寧な言葉使いの少女。  鹿島ガンプ  奇妙な質問を発し、自転車で延々とブレード隊を追いかけて来た不思議な人物。  旅館かわたけの女将  無理を承知で泊めてくれた太っ腹人情女将。  ◯◯ 高校サッカー部  『かわたけ』に泊まった礼儀知らずの合宿軍団。    1日目/1996年7月31日(水)「高萩海岸から日立駅前そば屋まで」 ◆ 不吉なる序章 ◆ この旅の始まり、不吉な出来事が起こった。ブレード隊三人が乗り込んだ列車が、ある時点から、「ガラガラ、ガツン!」「カン、カラン、ゴンッ!」と言う、石が車体にぶつかるような激しい音をさせ始めたのである。 初め...

「南房総に夏の終わりの夢を見た・前編」1992

「南房総に夏の終わりの夢を見た」前編 ★1992年8月21日(金)15時。キャプテン高橋とゴブリンズ新人・新妻英利は、ついに総武本線千葉駅から鴨川キャンプの拠点、民宿ウエダ(天津小湊町)までの162.2キロをローラー・ブレードによって走破する事に成功。これは前回の東京−富士間77.5キロを、84.7キロ上回る距離であった。 千葉 - 鴨川ブレード走行記 1日目 〜 2日目「千葉駅 〜 木更津 〜 鋸南町」 *前半 目次* 待ち合わせは千葉駅 快調な滑り出し16号 あまりに場違いな昼食 塩吹くキャプテン高橋 『すえひろ』で生き返る 場違いな宿、グランパークホテル 朝、雨が降っていた 救いのオヤジさんが現る あじフライとあじの天ぷらは違う 音無き警鐘が聞こえる 午後の海辺をブレード・ランナーが行く ノコギリ山に思わぬ敵が待っていた 岬で『岬』と言う喫茶店に引き込まれた さらに苦難の道は続く 民宿は旅のオアシスだ 後編へ・・ ■ 待ち合わせは千葉駅 ■ 嵐が幾つか通り過ぎる頃、空はどこか澄んで、別の季節の色を見せていた。6月の『東京—富士ブレード走行』から、約2カ月、常にキャプテン高橋の胸に去来していたイメージは、南房総のまぶしく輝く海、熱い夏の空気を切り裂く、ブレード・ランナーの姿だった。 8月18日火曜日、9時半。総武本線の終点、千葉駅のホームで、高橋、新妻の両者は、ブレード走行決行のために待ち合わせた。新人・新妻英利君は、果たして心強い伴走者となるのか、それとも単なる足手まといとなるのか、それは誰にも解らなかった。 天気は曇り気味。雨を予感させる黒い雲も漂っていた。南では台風が近づいていると言う。天候はどうなるのか、全く予測が立たなかった。 二人は『総武線千葉駅ホームの進行方向一番前』で会うことにした。気持ちを『前向き』にするため『一番前』を選んだのだ。しかし、ここは終着駅なので、折り返して電車が出発すると『一番うしろ』になってしまう欠点が有った。だが、そんな事にかまってはいられない。二人は勇躍駅を後にした。 ■ 快調な滑りだし、16号 ■ 16号沿いの歩道で用意をする。前回強烈な靴ずれの痛みに悩まされただけに、今回は、テーピング、ワセリン、ガムテープで、対策に万全を期す。用意が済んで立ち上がると、お巡りさんが自転車を止めてじっと見ているのに気づいた。二人は何も悪い...

「茨城46億年後の一期一会 .4」1996

1 ・ 2 ・ 3 ・ 4 ・ 5 ・ 6 ・ 7 <高萩 - 犬吠埼・ブレード走行記4 2日目後半> 2日目/8月1日(木)「大洗海水浴場から大竹海岸・民宿大竹まで」 ◆ 昼下がりの・・、大洗海岸 ◆ 昼食を終えたあと、ちょっと長めの昼休みと言うことになった。 森広君は汗に濡れたTシャツを脱いで日なたに乾し、上半身を焼き始めた。とにかくこの男は、すぐ赤く腫れてしまうくせに、一気に焼かないと気がすまないと言うやっかいな奴なのだ。それに引き換え、足の痛みで予想以上に疲労している新妻君は、海の家で有料のシャワーを浴び、気持ちの張りを取り戻そうと懸命である。 その間キャプテンは、海の家のベンチに座って、ワセリンや日焼け止めを塗り直したり、サングラスの汚れを落としたりしていた。その横を、海から上がって来た何人かの男女が通り過ぎて行く。午後の強い陽差しにみな目を細め、シャワー室に入って行くのだった。 何度か、店番をしているオバサン達のカン高い笑い声が聞こえて、また静かになった。そのあとは、通り過ぎる車と風の音しか聴こえて来ない。 「オレにとっては・・、ここは、日本の裏側だ」慣れ親しんでいる天津小湊や九十九里の海に比べると、ここは本当に見知らぬ海だった。 「これが大洗海岸と言うものか・・」どうしようもない寂寥感が胸に迫った。やっぱり、ゴブリンズキャンプは、犬吠埼ではなく天津小湊にした方が良かっただろうか、と想う。 ・・いや、だめだ。あの海には想い出が多すぎる。 やがて、シャワーを終えて来た新妻君が隣のベンチに座った。彼は自分の足に巻かれたテーピングを剥がそうとするが、すね毛が絡みついているのか、何度も「だあー!」と言う激しい悲鳴を上げていた。そのうちたまりかねて、アウトドア・ナイフで毛を切りながらテープを剥がす、と言う荒っぽい戦法に出た。 その時キャプテンは、彼の足首に大きな靴ズレの跡が有るのを見つけた。やはりツメだけではなかったようだ。それを見て、もうこの先、新妻君が復活することは無いだろうと想った。どんな治療を施しても、このまま延々と苦痛が続くだけであり、楽しいことはひとつも無い。ひょっとすると完走さえ危ないかも知れない。 「ワセリン塗っとけよ、ほら」と彼に差し出すと、意外なほど素直に受け取り、靴ズレの患部に塗り始めるのだった。ひとが薦めるものをことごとく拒絶するヘソ曲が...

「三年ぶり、ブレード走行熱海」1999

< 三年ぶり、ブレード走行熱海 > ★1996年の夏、高萩 - 犬吠埼の茨城走行が終了したあと、ゴブリンズの周辺は一変してしまった。レギュラーメンバーの約半分が、仕事のためハワイに移住してしまったのだ。もちろんチームは事実上活動休止。ブレード隊もバラバラになってしまう。・・ そ れから、約3年の年月が流れて、ゴブリンズは一人また一人と、再び仲間が集まり始めていた。 だが1999年5月2日、まだ何かが足りないキャプテン高橋は、ついに三年ぶりのブレード走行を行うため、一人列車に乗っていた。向かった場所は伊豆。出発地点は熱海。かつて1996年の春、森広隊員と滑った湘南ブレード走行(茅ヶ崎 - 熱海)の続編を決行するためである。 熱海の駅を降りたとき、時計は午前10時をまわろうとしていた。天気はこれ以上無いと言う快晴。陽差しがまぶしく、歩くだけで熱気を感じる。ただ、時折り吹く風はひんやりとして心地良かった。 駅前通りの坂を下って、途中、自家製パン屋で、アンドーナツと、カレーパンと、クロワッサンと、桃の天然水とを買った。パンは焼きたてでまだ暖かく、ふんわりとしている。 そこから土産物屋が並ぶ通りを抜けて海岸へ出る。右手方向の、これから向かおうとする135号線の先に目をやると、急な上り坂の道が、山の向こう側にまわり込んで見えなくなっていた。そこを、ゴールデンウィーク中の渋滞した車が、ノロノロとうごめいているのだ。 少し気が重くなっていた。もっと普通の日にすればよかったと想う。それでなくても伊豆は、道が狭い、アップダウンが多い、迂回路が無いと言うことで、ブレード走行禁断の地と言われ続けて来たところである。しかもあの車の数だ・・ しかし、このところ週末は雨続きで、連休に入ってようやく上天気になったのだ。これ以上待つと、次のチャンスはいつになるか解らない。 ともかく一服して、パンをおやつにしながらメールを書こうと想った。今回はゴブリンズへのモバイルメールで、ブレード走行のライブ中継をやろうと想っていたのである。 砂浜への広い階段を中ほどまで降り、海を眺めた。水ぎわをたくさんの人々が歩いていた。 その場で腰を降ろし、携帯電話とザウルスを取り出す。まぶしすぎるので、ツーリング用サングラスをかけた。そうして、5月の心地よい風に吹かれながら、メール文を考え始めるのだった。(このころ携帯メール...

「湘南の海、エンドー苦難の道」1993

< 横須賀 - 茅ヶ崎・ブレード走行記 > 1993年。ゴブリンズ・ブレード隊、キャプテン高橋と遠藤忠隊員は、10月23日と24日の二日間に渡り、三浦半島の横須賀から茅ヶ崎まで、約75kmを無事完走したと発表。この完走によりキャプテン高橋の通算走行距離は359.4kmとなった。                    目次 うれしはずかし出発の時 三浦海岸! これを見に来た 遠藤殺しの坂が待っていた 史上最大のピンチである?! ついにブレード隊、初の野宿なのか・・? 二日目、最高の出発 湘南・超観光ルートを行く 日曜の午後の終わり ◇ うれしはずかし出発の時   ◇ 「だめだ、間に合わん!」 時計を見ると、7時55分。東急東横線の急行はたった今、 渋谷を出発したばかりだった。約束は横浜駅の改札に8時だが、この分では8時半ごろになってしまうだろう。昨晩、荷物の用意をしている内に夜が更けてしまい、キャプテンは今朝少し寝過ごした。しかし興奮のあまり眠れなくなった訳では無い。もう子供ではないのだ。 ドア際の窓から空を覗くと、雲は多めだが気持ちの良い秋晴れ。10月23日(土)、この週末の天気に問題は無い。ただ、なぜか寒さがとても心配だった。必要以上に気にしてしまったのは、第三次ブレード隊『富士五湖周回走行10.24』からちょうど1年、あの富士山麓の標高の高さと、降りしきる雨の記憶のせいに違いなかった。 予想した通り8時30分に横浜駅に着いた。改札を出ると、憮然とした遠藤隊員の姿が有った。「悪い、悪い。寝過ごした」仕方なくキャプテンは笑ってごまかすのだった。 日頃、野球の試合などでは、周囲から時間に厳格だと思い込まれているキャプテンだが、何を隠そう、中学・高校の6年間、常に遅刻回数・学年トップを誇って来たクセ者なのである。その頃の1年間の平均遅刻数は約70個。これは野球に例えれば『盗塁王』に匹敵するのはないかと一部ではささやかれているが、さて、どんなもんだろう・・ 二人はそこから京浜急行に乗り換え、横須賀中央駅へと向かった。気温24.3度、まずまずの走行日和だ。このくらいの陽射しが有れば、走っている内に体温の上昇でちょうど良くなって来るはずである。間近に迫った出発に備えて色々と考えは及ぶ。もう一人の隊員、新妻氏は、なんだかんだと急用が出来て、今日は来れなくなった。 横須賀...

「南房総に夏の終わりの夢を見た・後編」1992

      「南房総に夏の終わりの夢を見た」後編   >前編に戻る ★1992年8月21日(金)15時。キャプテン高橋とゴブリンズ新人・新妻英利は、ついに総武本線千葉駅から鴨川キャンプの拠点、民宿ウエダ(天津小湊町)までの162.2キロをローラー・ブレードによって走破する事に成功。これは前回の東京-富士間77.5キロを、84.7キロ上回る距離であった。 千葉 - 鴨川ブレード走行記 3日目 〜 4日目「鋸南町 〜 白浜 〜 天津小湊」 *目 次* あきらめるな道は必ず開ける 海岸線、防波堤を行く 昼飯はそばと決めていた ここは何処だ、遠いところだ フラワーライン、組曲惑星が聞こえた 旅館か民宿か、迷うところだ 気を許すな、音無き警鐘を思い出せ 赤い道は滑りやすい やっぱり昼飯はそばに限る たまらん隊がゆく・・ そして旅が終わった ■ あきらめるな道は必ず開ける ■ 8月20日。昨日トンネルに道を阻まれ、予定よりも大幅に遅れてしまった。千葉駅を出発して、60km進んだだけである。あと2日で100km行かねばならない。 新妻君は一時『岬』の女主人が言った近道も捨て難いと、迷い始めていた。肉体的疲労に加え、追突事故を目の当たりにしてしまったこと、トンネルの恐怖などが影響していた。 実はキャプテンも同じような心理状態にはあったのだが、この旅はただ目的地に着けば良いのではなく、162.2kmを走破しなければ意味が無いのだった。さらに、館山から白浜あたりまでの南房総を通らなければ、彼の想い描いたイメージは完成しない。彼は新妻君の決心がつくのを待った。しかし、もしどうしても駄目だと言ったならば、無理強いはするまいとも思っていた。 「でも、女主人の言うなりになったら、負けだな。ダメだったら、歩けばいい。行きましょう!」こう言って新妻君は気持ちを固めた様子であった。 あきらめる時は、にっちもさっちも行かないその現場で、はっきりケリをつけてからあきらめる。後は電車でもバスでも使えば良いのだ。途中であきらめてしまったら、可能性も幸運も使わない内に手放してしまうことになる。とは言え、キャプテンの心の中には、あきらめない勇気とあきらめる勇気とが互いに見え隠れしていた。 ・・と言うように、三日目は少しカッコつけた書き出しになってしまったが、実際は結構だらだらと出発したのである。 滑り出して、初...