<高萩 - 犬吠埼・ブレード走行記5 3日目前半>
◆ 呪いの見送り ◆
荷物を担ぎ、民宿大竹の駐車場まで出て行くと、女将さん、その娘、お祖母さんが次々に姿を現した。ブレードの物珍しさゆえの見送りと言うところである。
新妻君と森広君は、すみっこの車の陰でブレードを履き始めたが、キャプテンはギャラリーへのサービスもかねて、ど真ん中で準備することにした。そうしていると、ほどなく女の子が駆けよって来た。
「それで、すべってくの?」
その子はそう尋ねた。それに、ああ、そうだよと愛想良く笑い、
「ここからねえ、ずーっと遠くまですべってくんだよう」
と、キャプテンは子供用の声で答えたのだ。ところがである。
「ウソだね!」
予想に反してカワイくない返事がかえって来たではないか。
荷物を担ぎ、民宿大竹の駐車場まで出て行くと、女将さん、その娘、お祖母さんが次々に姿を現した。ブレードの物珍しさゆえの見送りと言うところである。
新妻君と森広君は、すみっこの車の陰でブレードを履き始めたが、キャプテンはギャラリーへのサービスもかねて、ど真ん中で準備することにした。そうしていると、ほどなく女の子が駆けよって来た。
「それで、すべってくの?」
その子はそう尋ねた。それに、ああ、そうだよと愛想良く笑い、
「ここからねえ、ずーっと遠くまですべってくんだよう」
と、キャプテンは子供用の声で答えたのだ。ところがである。
「ウソだね!」
予想に反してカワイくない返事がかえって来たではないか。
「ほんとだよ、ほんとほんと」ちょっとあせった。だが、
「ウソだねー!」と、女の子はなおも続ける。
「ほんとだってば」
「じゃあ、東京からすべってきたの?」
「そうじゃなくて、東京から電車で来て・・」
「ああっ!。ほらー、電車なんだってー!」
その子はキャプテンの言葉尻を取って、そーら見たことかとばかり、女将さんを振り返って騒ぎ出した。
「ちがうちがう、電車で遠くまで行って、そこから滑って来たんだよ。わかる?」
「ええー?」
そこでいったんはおとなしくなったが、声は半信半疑のままである。さらにその子の攻撃は続いた。
「雨がふるよ!」ふてくされたような言い方だった。「雨がふってくるよ!」
・・ったく、どうなってんだ?
「そうかなあ?。大丈夫だと想うよ」
「ふるよ!。てんきよほう見てみな!」
「ウソだねー!」と、女の子はなおも続ける。
「ほんとだってば」
「じゃあ、東京からすべってきたの?」
「そうじゃなくて、東京から電車で来て・・」
「ああっ!。ほらー、電車なんだってー!」
その子はキャプテンの言葉尻を取って、そーら見たことかとばかり、女将さんを振り返って騒ぎ出した。
「ちがうちがう、電車で遠くまで行って、そこから滑って来たんだよ。わかる?」
「ええー?」
そこでいったんはおとなしくなったが、声は半信半疑のままである。さらにその子の攻撃は続いた。
「雨がふるよ!」ふてくされたような言い方だった。「雨がふってくるよ!」
・・ったく、どうなってんだ?
「そうかなあ?。大丈夫だと想うよ」
「ふるよ!。てんきよほう見てみな!」
これはもう、呪いに近いものが有る。でも、確かに雨が降りそうな空だった。気温も低く、温度計を見ると21℃を示していた。寒いくらいだ。
ブレード走行は、舗装道路が無ければ前進出来ないわけで、アウトドアと呼ぶにはあまりに半端なスポーツだったが、それでも自然相手であることには違いない。雨が降ったら、それを甘んじて受け入れるしかないのである。さて、どこまでもつか・・
女の子はいつの間にかキャプテンから離れ、他の二人のところへ駆けよって行った。その後ろ姿を見ながら「世の中には、いろんな子がいるんだなあ」と想った。
年齢のせいか、ブレード走行が沿道の子供たちにウケるのが一番楽しい。だから、あの子のような反応には、とても寂しい気がしてしまうのだ。
子供はもっと素直でなければいけない。そうでなくたって、大人になると『信じる力』が弱くなってしまうんだから・・。何でもまず疑ってかかるようになり、その結果、何事もうまく行かなくなってしまうんだ。
・・人間は、自分が信じたものは必ず実現出来ると言う。どんな荒唐無稽な空想であっても、『信じて』地道に続けて行けば、必ずそれは本当のことになる。じつは人間の脳は、実現不可能なものは、初めから想い浮かべないように作られている、・・らしいんだ。
確かに見てごらん。宇宙開発、バイオテクノロジー、コンピュータ産業など、現代の著しい科学技術の進歩は、子供のころ僕たちが空想していた『夢物語り』ばかりだよね。
ブレード走行は、舗装道路が無ければ前進出来ないわけで、アウトドアと呼ぶにはあまりに半端なスポーツだったが、それでも自然相手であることには違いない。雨が降ったら、それを甘んじて受け入れるしかないのである。さて、どこまでもつか・・
女の子はいつの間にかキャプテンから離れ、他の二人のところへ駆けよって行った。その後ろ姿を見ながら「世の中には、いろんな子がいるんだなあ」と想った。
年齢のせいか、ブレード走行が沿道の子供たちにウケるのが一番楽しい。だから、あの子のような反応には、とても寂しい気がしてしまうのだ。
子供はもっと素直でなければいけない。そうでなくたって、大人になると『信じる力』が弱くなってしまうんだから・・。何でもまず疑ってかかるようになり、その結果、何事もうまく行かなくなってしまうんだ。
・・人間は、自分が信じたものは必ず実現出来ると言う。どんな荒唐無稽な空想であっても、『信じて』地道に続けて行けば、必ずそれは本当のことになる。じつは人間の脳は、実現不可能なものは、初めから想い浮かべないように作られている、・・らしいんだ。
確かに見てごらん。宇宙開発、バイオテクノロジー、コンピュータ産業など、現代の著しい科学技術の進歩は、子供のころ僕たちが空想していた『夢物語り』ばかりだよね。
たとえば『スペース・シャトル』なんか、キャプテンが10才の頃、少年マガジンの特集『未来の宇宙船』の中に描かれていた、空想イラストの一つにすぎなかったんだ。・・それが今、実現している。
つまりこれは、人々が、ずっとあきらめず、空想を信じ続けた結果だと想う。だってそうだろ?。開発者が、「いやあムリだ。こんな物が造れるわけがない」なんて想ったら、出来上がるわけがないよね。
それからもう一つ、キャプテンは自分がコンピュータを使っている時に思うことがある。「オレはまるで、子供のころの、漫画の登場人物みたいだ」
キャプテンの言う漫画とは、つまりあの『手塚治虫』の作品のことだ。あの頃、手塚治虫が描いていた世界、そのイメージは、知らぬ間に子供たちの心の中に宿り、成長と共に、その空想に向かって、大きな物語を築き始めていたんだ。
超高層ビル、その間を走り抜ける首都高速、空力フォルムの車、ロボット、コンピュータ制御の無人工場、原子力発電、コンピュータ・グラフィックス、バチーャル・リアリティ、携帯電話、テレビ電話、遺伝子操作、クローン生物、宇宙ステーション、火星植民地計画・・
この分だと、もうじき『火の鳥』が現れるのかも知れないね。
『未来世界・・』
そうなんだ。つまり僕たちは、むかし僕たち自身が想い描いていた夢の中を、いま生きていることになる。そしてそれは、心のどこかで、ずっと手塚治虫を信じ続けていたその結果に違いない。だから山下達郎が歌っているように、僕たちはみんなきっと、手塚治虫の漫画に育てられた『アトムの子』だ。
「これからどんな未来世界が来るのか。それは、子供たちがどんな夢を見るかで決まる」。日本初のTVアニメーション『鉄腕アトム』を、日本で初めて見た子供の一人、キャプテン高橋は想う。
つまりこれは、人々が、ずっとあきらめず、空想を信じ続けた結果だと想う。だってそうだろ?。開発者が、「いやあムリだ。こんな物が造れるわけがない」なんて想ったら、出来上がるわけがないよね。
それからもう一つ、キャプテンは自分がコンピュータを使っている時に思うことがある。「オレはまるで、子供のころの、漫画の登場人物みたいだ」
キャプテンの言う漫画とは、つまりあの『手塚治虫』の作品のことだ。あの頃、手塚治虫が描いていた世界、そのイメージは、知らぬ間に子供たちの心の中に宿り、成長と共に、その空想に向かって、大きな物語を築き始めていたんだ。
超高層ビル、その間を走り抜ける首都高速、空力フォルムの車、ロボット、コンピュータ制御の無人工場、原子力発電、コンピュータ・グラフィックス、バチーャル・リアリティ、携帯電話、テレビ電話、遺伝子操作、クローン生物、宇宙ステーション、火星植民地計画・・
この分だと、もうじき『火の鳥』が現れるのかも知れないね。
『未来世界・・』
そうなんだ。つまり僕たちは、むかし僕たち自身が想い描いていた夢の中を、いま生きていることになる。そしてそれは、心のどこかで、ずっと手塚治虫を信じ続けていたその結果に違いない。だから山下達郎が歌っているように、僕たちはみんなきっと、手塚治虫の漫画に育てられた『アトムの子』だ。
「これからどんな未来世界が来るのか。それは、子供たちがどんな夢を見るかで決まる」。日本初のTVアニメーション『鉄腕アトム』を、日本で初めて見た子供の一人、キャプテン高橋は想う。
◆ ブレード隊 分裂の危機? ◆
民宿大竹からずっと観光地仕様の滑らかな歩道が続き、出発としては快調そのものと言って良かった。しかし、気温は夏とは想えないほどの低温で、森広君のように、「もっと、カッと暑くなってくれ!」と言う気にもなってしまう。
ただ、ぜいたくも言っていられなかった。振り返ると、新妻君がかなり遅れ気味になっていることが解ったのだ。今日は特に調子が悪そうである。ツメが内出血している上に、靴ズレを起こしているのだから無理もない。
「このツメ、たぶんはがれますよ」
と彼は言っていた。キャプテンも一度、スパイクのサイズが合わずツメをはがしたことが有るので、どんなことが起きるのかすぐに解った。
最初は激しい痛みとともに内出血を起こす。それが黒ずんで痛みが治まると、親指のツメが大きくカクカクと動くようになる。そしてある日、風呂に入ったときなどに突然、SFホラー映画『ザ・フライ』のように、ツメがその形のまま、そっくり取れてしまうのだ。
民宿大竹からずっと観光地仕様の滑らかな歩道が続き、出発としては快調そのものと言って良かった。しかし、気温は夏とは想えないほどの低温で、森広君のように、「もっと、カッと暑くなってくれ!」と言う気にもなってしまう。
ただ、ぜいたくも言っていられなかった。振り返ると、新妻君がかなり遅れ気味になっていることが解ったのだ。今日は特に調子が悪そうである。ツメが内出血している上に、靴ズレを起こしているのだから無理もない。
「このツメ、たぶんはがれますよ」
と彼は言っていた。キャプテンも一度、スパイクのサイズが合わずツメをはがしたことが有るので、どんなことが起きるのかすぐに解った。
最初は激しい痛みとともに内出血を起こす。それが黒ずんで痛みが治まると、親指のツメが大きくカクカクと動くようになる。そしてある日、風呂に入ったときなどに突然、SFホラー映画『ザ・フライ』のように、ツメがその形のまま、そっくり取れてしまうのだ。
ところが取れてしまうと案外平気で、痛みも無く、そこには皮膚が硬化したばかりの小さなツメ、いわゆる『半月』が現れている・・
何度か立ち止まり、近づくのを待ってまた滑り出す。彼がどこまで持つか、それは、これからの道路次第だと言って良いが、今の路面が続いている限りは、何とか大丈夫そうである。
周囲には畑が続き、遠方は湿った空気で霞んでいた。左手には海が有るはずだが、漂う霧のせいで空と区別がつかない。林の間から見えるのは、一段低くなった畑と農家、それに灰色の空だけだった。
この辺りはもう『太洋村』だろうか。それとも・・。なんてこと考えているうちに、ハッと我にかえった。ところが、どんな風にしてここまで来たのか、まったく記憶が残っていない。
たとえば、滑走中の心理状態には何種類か有って、
『色々と物想いにふける』
『景色や路面の良さに気分が高揚する』
『危険回避のために緊張する』
などが入り乱れて形成されているが、その中に時折り、10数分間のポッカリと記憶の無い時間帯が存在する。言わば、滑りながら眠っているようなものだが、ちょうどその時がそんな『瞑想状態』だった。
時計を見ると、出発から約1時間ほどが過ぎていた。ほとんど疲れは無いが、一定の間隔で休憩を取るのが基本だ。
駐車場付きのスーパーが見えて来たところでストップ。立ち止まって後続を待つことにした。すぐに森広君が到着、二人で自販機のジュースを買い、水分を取りながら新妻君を待った。
間もなくはるか後方から彼の姿が見えて来る。もともとピッチ走法だが、痛みのせいか、さらに歩幅がせまく見えた。ところがである。やがて少しずつ近づき、あとは惰性で滑ってくるだろうと言う距離まで来たのだが、一向に足を止める気配がない。それどころか突然、
「先に鹿島へ行くぞ!」
新妻君はそう叫び、呆然と立ち尽くす二人を置き去りにして、そのまま50mほど滑り去ってしまったのである。
残った二人は、アッケに取られていた。そして少しの間、新妻君の背中を目で追い、それから「どうなってんだ?」とばかり空き缶をゴミ箱に投げ捨て、あとを追い掛けることになった。
キャプテンは、この突飛な行動が、奇跡的に回復してくれた結果なら良いのだが、と想っていた。しかしそれが彼の「最後ッペ」だと解るまでには、数分とかからなかった。
緩やかな登り坂でまず森広君が追い抜き、それからキャプテンが簡単にかわしてしまった。そしてわずかな間こそ、一定の距離を保ってついて来たが、やがて少しずつ遅れ始めたのである。
その間に道路からは歩道が消え、ガードレール沿いの路側帯を進むことになった。バックミラーごしに、見る見る新妻君の姿が小さくなって行く。そして、登りながらの大きなカーブにさしかかったところで、彼の姿は完全にミラーから消えた。
キャプテンは立ち止まり、新妻君を待つことにした。この間、森広君は気づかずにそのまま下り坂を降りて行く。一度、腰まで消えたところでストップさせようかとも考えたが、すぐに追いつけば良いのだと、そのままにしておいた。
そしてガードレールに腰掛け、待つこと数分、いや・・10分、なかなか現れない。
「どうした・・」どんどん時間は過ぎて行く。「ぶっ倒れたか?」
間もなくはるか後方から彼の姿が見えて来る。もともとピッチ走法だが、痛みのせいか、さらに歩幅がせまく見えた。ところがである。やがて少しずつ近づき、あとは惰性で滑ってくるだろうと言う距離まで来たのだが、一向に足を止める気配がない。それどころか突然、
「先に鹿島へ行くぞ!」
新妻君はそう叫び、呆然と立ち尽くす二人を置き去りにして、そのまま50mほど滑り去ってしまったのである。
残った二人は、アッケに取られていた。そして少しの間、新妻君の背中を目で追い、それから「どうなってんだ?」とばかり空き缶をゴミ箱に投げ捨て、あとを追い掛けることになった。
キャプテンは、この突飛な行動が、奇跡的に回復してくれた結果なら良いのだが、と想っていた。しかしそれが彼の「最後ッペ」だと解るまでには、数分とかからなかった。
緩やかな登り坂でまず森広君が追い抜き、それからキャプテンが簡単にかわしてしまった。そしてわずかな間こそ、一定の距離を保ってついて来たが、やがて少しずつ遅れ始めたのである。
その間に道路からは歩道が消え、ガードレール沿いの路側帯を進むことになった。バックミラーごしに、見る見る新妻君の姿が小さくなって行く。そして、登りながらの大きなカーブにさしかかったところで、彼の姿は完全にミラーから消えた。
キャプテンは立ち止まり、新妻君を待つことにした。この間、森広君は気づかずにそのまま下り坂を降りて行く。一度、腰まで消えたところでストップさせようかとも考えたが、すぐに追いつけば良いのだと、そのままにしておいた。
そしてガードレールに腰掛け、待つこと数分、いや・・10分、なかなか現れない。
「どうした・・」どんどん時間は過ぎて行く。「ぶっ倒れたか?」
引き返した方が良いだろうか、と想った。それとも、先に森広君を追いかけてストップさせ、それからにするか。
大型トラックが何台も通り過ぎて、そのたびに強い風に煽られた。
「遅すぎるなあ・・」
とにかく、このままだとブレード隊はバラバラになってしまう。決断がつかず迷っていると、幸いにも森広君が引き返して来るのが見えた。彼も異変に気づいたらしい。とりあえずこっちは一安心だ。あとは・・
森広君はキャプテンの近くまで滑って来て、黙って同じようにガードレールに寄り掛かった。「来ないなあ」キャプテンが後方を見たまま言った。
彼を見失ってからもうかなりの時間になる。これは、いよいよ救助隊出動かあ?。と想い始めた時だった。カーブ沿いの建物の陰から、ようやく新妻君が姿を現したのである。
「遅すぎるなあ・・」
とにかく、このままだとブレード隊はバラバラになってしまう。決断がつかず迷っていると、幸いにも森広君が引き返して来るのが見えた。彼も異変に気づいたらしい。とりあえずこっちは一安心だ。あとは・・
森広君はキャプテンの近くまで滑って来て、黙って同じようにガードレールに寄り掛かった。「来ないなあ」キャプテンが後方を見たまま言った。
彼を見失ってからもうかなりの時間になる。これは、いよいよ救助隊出動かあ?。と想い始めた時だった。カーブ沿いの建物の陰から、ようやく新妻君が姿を現したのである。
彼は、例のピッチ走法で少しづつ近づき、二人がいるすぐそばまで来ると、「途中で休んでた。もう限界だ。置いてってください」と言って苦笑した。
キャプテンは少しムッとした。
「休んでた?。・・だから、休む時に休まないから、そう言うことになるんだよ。チームワークってのが全然わかってないんだなあ」
キャプテンは少しムッとした。
「休んでた?。・・だから、休む時に休まないから、そう言うことになるんだよ。チームワークってのが全然わかってないんだなあ」
そう言うと、彼はさらに苦笑した。
「あの時は、あそこで止まったら、もう動けなくなると想った・・」
それを聞いたキャプテンは、新妻君の足が予想を越えてひどくなりつつあること、それは理解した。「よしわかった。じゃあ、もう少し様子を見て、それでダメなようだったら、置いて行くことにしよう」
最悪のときは、地図で場所を確認、一応の待ち合わせ場所を設定し、森広君と先に行って宿を見つけ、あとは携帯電話を使って何とかしよう、と考えたのだ。
「わかりました」新妻君は力なく返事をした。
そこからはずっと歩道が無くなった。山道で、鬱蒼と樹木が生い茂っている。しかも大型トラックが肩のすぐ横を引っ切りなしに通り過ぎ、気を緩める暇も無い。
それでも道路が平らな内はまだ良かった。いきなり路面が荒れ始めたのだ。工事中の仮舗装で、ずっと先までクサリで跡を付けたような凹凸が続いていた。
その振動を足に受けながら、キャプテンは気が気ではなかった。彼自身が同様の故障を抱えて滑走した経験から、新妻君がどんな苦痛に見舞われているか手に取るように解るからである。反対側の方が楽だろうか、と探りを入れたりするが、交通量が多過ぎて、渡ること自体が危険だと想われた。
辺りは人里を離れ、薄暗くなっていた。抜けられそうな脇道らしきものは見当たらず、荒れた路面もずっとそのまま良くなる気配は無かった。
とにかく、気を付けて行こう。こうなると、気温の低いのがせめてもの救いだ。
「あの時は、あそこで止まったら、もう動けなくなると想った・・」
それを聞いたキャプテンは、新妻君の足が予想を越えてひどくなりつつあること、それは理解した。「よしわかった。じゃあ、もう少し様子を見て、それでダメなようだったら、置いて行くことにしよう」
最悪のときは、地図で場所を確認、一応の待ち合わせ場所を設定し、森広君と先に行って宿を見つけ、あとは携帯電話を使って何とかしよう、と考えたのだ。
「わかりました」新妻君は力なく返事をした。
そこからはずっと歩道が無くなった。山道で、鬱蒼と樹木が生い茂っている。しかも大型トラックが肩のすぐ横を引っ切りなしに通り過ぎ、気を緩める暇も無い。
それでも道路が平らな内はまだ良かった。いきなり路面が荒れ始めたのだ。工事中の仮舗装で、ずっと先までクサリで跡を付けたような凹凸が続いていた。
その振動を足に受けながら、キャプテンは気が気ではなかった。彼自身が同様の故障を抱えて滑走した経験から、新妻君がどんな苦痛に見舞われているか手に取るように解るからである。反対側の方が楽だろうか、と探りを入れたりするが、交通量が多過ぎて、渡ること自体が危険だと想われた。
辺りは人里を離れ、薄暗くなっていた。抜けられそうな脇道らしきものは見当たらず、荒れた路面もずっとそのまま良くなる気配は無かった。
とにかく、気を付けて行こう。こうなると、気温の低いのがせめてもの救いだ。
◆ 何処へ行くんだ? 新妻隊員!◆
そのまま危険極まりない道を40分近くも滑り続けていた。
こう言う場所を進んでいると、時々、良く今まで無事に来れたものだと想うことが有る。キャプテンなど通算1000kmを越えようと言うのに、まだ靴ズレ以上の怪我をしたことが無い。
そのまま危険極まりない道を40分近くも滑り続けていた。
こう言う場所を進んでいると、時々、良く今まで無事に来れたものだと想うことが有る。キャプテンなど通算1000kmを越えようと言うのに、まだ靴ズレ以上の怪我をしたことが無い。
改めて考えれば、これもみなチームワークと、交通法規を厳守して来た結果なのだと言えなくも無い。だから、ちょっとしたチームワークのほころびでも、危険が忍び寄る前兆に想え不吉な感じがしてしまうのである。
年下の者はどうも「自分だけは事故に会わない」と思っているようだが、「たまたま運が良かっただけ」程度に考えた方が良い。少し前、不死身と言われた天才アルピニスト、『長谷川恒男さん』が遭難して亡くなった時、「あの人でも死ぬんだから・・」と、本当にそう想った。
年下の者はどうも「自分だけは事故に会わない」と思っているようだが、「たまたま運が良かっただけ」程度に考えた方が良い。少し前、不死身と言われた天才アルピニスト、『長谷川恒男さん』が遭難して亡くなった時、「あの人でも死ぬんだから・・」と、本当にそう想った。
しばらくすると、左側にドライブインが見えて来た。良く見ると、自販機専門の無人ドライブインのようである。その駐車場の前を半分ほど通り過ぎようとしたところで、急に「休憩しよう」と気が変わった。時間的には早いが、危険な道でストレスが大きかったし、新妻君の状態を考れば、休み休みの方がベターだと想ったからだ。
キャプテンは先を行く森広君をホイッスルで呼び止め、戻って来る彼に休憩する旨を告げた。それから自分はトイレへ向かうことにした。新妻君の姿はまだ見えないが、森広君が道路沿いの良く見える場所に座ったので、来ればすぐに気が付くはずである。
キャプテンはアウトドア用サンダルに履きかえてからトイレに入った。ブレードのままだと知らない人が入って来た時カッコ悪い。ジロジロ見られても、「これはローラーブレードと言って、脱ぐのが面倒なので・・」などと、言いわけするわけにもいかないから、やっぱり履きかえておいた方が安心である。
手を洗って外に出ると、ちょうど新妻君が姿を現したところだった。キャプテンは、彼が振り向いたら「おーい、休憩しよう」と声をかけるつもりだった。ところがまた彼の様子がおかしい。目の前の森広君の姿を見つけたはずなのに、いっこうに減速する気配が無いのである。「ヘイ!」と呼んでも反応が無い。
彼は正面を向いたまま、座り込んでいる森広君のすぐ横を擦り抜け、全長20mほどのドライブインの前を縦走、そのまま国道を南へと、独り、滑り去ってしまったのである。
「あいつ、また行きやがった」
キャプテンは怒ると言うより呆れて、同じく驚いている森広君と想わず目を合わせた。さっきチームワークを大切にしよう、と言ったばかりなのに・・。まあ良い、あの足では、そう遠くまでは行けまい。
二人はまるで、ならず者を追いかける保安官のようにゆっくり呼吸を整えると、それからおもむろに立ち上がった。そしてブレードを履きザックを背負い、森広君を先頭に、新妻君を追いかけて再び滑り始めたのである。
滑り始めて数分が経過したが、新妻君の姿はもう何処にも見えなかった。独りで何を考えているのか。森に囲まれた薄暗い道を、いったい何処まで行ってしまったのか・・
キャプテンは先を行く森広君をホイッスルで呼び止め、戻って来る彼に休憩する旨を告げた。それから自分はトイレへ向かうことにした。新妻君の姿はまだ見えないが、森広君が道路沿いの良く見える場所に座ったので、来ればすぐに気が付くはずである。
キャプテンはアウトドア用サンダルに履きかえてからトイレに入った。ブレードのままだと知らない人が入って来た時カッコ悪い。ジロジロ見られても、「これはローラーブレードと言って、脱ぐのが面倒なので・・」などと、言いわけするわけにもいかないから、やっぱり履きかえておいた方が安心である。
手を洗って外に出ると、ちょうど新妻君が姿を現したところだった。キャプテンは、彼が振り向いたら「おーい、休憩しよう」と声をかけるつもりだった。ところがまた彼の様子がおかしい。目の前の森広君の姿を見つけたはずなのに、いっこうに減速する気配が無いのである。「ヘイ!」と呼んでも反応が無い。
彼は正面を向いたまま、座り込んでいる森広君のすぐ横を擦り抜け、全長20mほどのドライブインの前を縦走、そのまま国道を南へと、独り、滑り去ってしまったのである。
「あいつ、また行きやがった」
キャプテンは怒ると言うより呆れて、同じく驚いている森広君と想わず目を合わせた。さっきチームワークを大切にしよう、と言ったばかりなのに・・。まあ良い、あの足では、そう遠くまでは行けまい。
二人はまるで、ならず者を追いかける保安官のようにゆっくり呼吸を整えると、それからおもむろに立ち上がった。そしてブレードを履きザックを背負い、森広君を先頭に、新妻君を追いかけて再び滑り始めたのである。
滑り始めて数分が経過したが、新妻君の姿はもう何処にも見えなかった。独りで何を考えているのか。森に囲まれた薄暗い道を、いったい何処まで行ってしまったのか・・
◆ 再会・・◆
路面は相変わらずクサリ模様のデコボコが続いていた。ドライブインを離れるとまた山道となり、樹木の隙間から、こんもりした山と畑が見えていた。
さて、滑りながらキャプテンは、チクチク後悔し始めていた。
「少し言い過ぎただろうか」
もしかすると新妻君は、キャプテンの言葉に反感を抱き、怒って単独行動に出てしまったのかも知れない。でなければ、「チームワークを・・」と言った直後、同じように我々を無視して滑り去ることなど出来ないはずだ。
「まずいなあ・・」
こう言う場合の感情の修復は想ったより大変だ。しかし、どうしても自分の想った通りでなければ気が済まないと言うのなら、単独で行ってもらうしかないか・・
そのまま、どのくらい進んだ頃だったろう。前方の森広君が急にストップし、大声で騒ぎ始めたのである。後から近寄って見ると、あれ? 新妻君が座り込んでいる。なんだ、追いついたんだ、と想った。しかし、ちょっと様子が変である。新妻君は不思議そうに目をむいて、何やらおかしなことを口走っている。
「どうして後ろから来るんだあ?!」
路面は相変わらずクサリ模様のデコボコが続いていた。ドライブインを離れるとまた山道となり、樹木の隙間から、こんもりした山と畑が見えていた。
さて、滑りながらキャプテンは、チクチク後悔し始めていた。
「少し言い過ぎただろうか」
もしかすると新妻君は、キャプテンの言葉に反感を抱き、怒って単独行動に出てしまったのかも知れない。でなければ、「チームワークを・・」と言った直後、同じように我々を無視して滑り去ることなど出来ないはずだ。
「まずいなあ・・」
こう言う場合の感情の修復は想ったより大変だ。しかし、どうしても自分の想った通りでなければ気が済まないと言うのなら、単独で行ってもらうしかないか・・
そのまま、どのくらい進んだ頃だったろう。前方の森広君が急にストップし、大声で騒ぎ始めたのである。後から近寄って見ると、あれ? 新妻君が座り込んでいる。なんだ、追いついたんだ、と想った。しかし、ちょっと様子が変である。新妻君は不思議そうに目をむいて、何やらおかしなことを口走っている。
「どうして後ろから来るんだあ?!」
その表情からすると、本気で驚いているようである。
「なんでって、さっき追い抜いて行ったじゃないか」と森広君。
「いつ?」
「気がつかなかったのか? さっきのドライブインで」
「全然・・、知らない!」
「なに言ってんだ。目が合ったじゃないか」
「知らない!」
「目が合ったってば!」
森広君が何度もそう言って笑っている。新妻君は、なお信じられぬと言う表情で座り込んだままだった。
彼は、ドライブインにいた二人にはまったく気づかなかったらしいのだ。そうして、どう頑張っても追いつけないので、とうとう本当に置いてきぼりを食ってしまった・・、と、ガックリへたり込んでいたと言う。
そりゃあ、追いつけるわけがないよ。何しろ新妻君は先頭を滑っていたのだから。それにしても、目が合っても気づかないとは、よほど意識が朦朧としていたのだろうか。だとすれば新妻君の足の痛みは、いよいよ大変な段階に突入したと言うことになるのだが、ただとにかく、何事も無くて本当に良かった。
だから・・、さあ新妻君、立ち上がるんだ。ここはもう鹿島市。『カシマサッカースタジアム』はもうすぐそこだ。でも「それがどうした?」と言われれば、それまでだ。
「いつ?」
「気がつかなかったのか? さっきのドライブインで」
「全然・・、知らない!」
「なに言ってんだ。目が合ったじゃないか」
「知らない!」
「目が合ったってば!」
森広君が何度もそう言って笑っている。新妻君は、なお信じられぬと言う表情で座り込んだままだった。
彼は、ドライブインにいた二人にはまったく気づかなかったらしいのだ。そうして、どう頑張っても追いつけないので、とうとう本当に置いてきぼりを食ってしまった・・、と、ガックリへたり込んでいたと言う。
そりゃあ、追いつけるわけがないよ。何しろ新妻君は先頭を滑っていたのだから。それにしても、目が合っても気づかないとは、よほど意識が朦朧としていたのだろうか。だとすれば新妻君の足の痛みは、いよいよ大変な段階に突入したと言うことになるのだが、ただとにかく、何事も無くて本当に良かった。
だから・・、さあ新妻君、立ち上がるんだ。ここはもう鹿島市。『カシマサッカースタジアム』はもうすぐそこだ。でも「それがどうした?」と言われれば、それまでだ。
◆ 出てこいジーコ? ◆
新妻君が立ち上がったまでは良かったが、じつは、ここからが大変な道だったのである。道路自体の幅が無いうえに、路側帯が非常にせまくて、車通りが激しい。大型トラックがすぐ横を通り、引っかけられそうな恐怖を感じる。
当然、車の方も気になるわけで、時折り、イラついたようにクラクションを鳴らすダンプも現れる。こう言う奴が危ないのだ。イラついた運転手と言うのは、避けるどころか、わざと幅寄せして来ることが多いのである。
しかし、危険だからと言って立ち止まれば、いつまでも危険から抜け出すことは出来ない。ガードレールに擦りつけるほど端に寄り、少しずつ前に移動する。
すぐ左が薄暗い林で、冷たい風が汗に濡れた身体に吹き付ける。しばらくは、なかなか距離を稼ぐことが出来なかった。それに、新妻君の状態も考慮しなければならないし。右側を見ると、下り車線の方が心持ち交通量が少ないように想えた。
「あっちの方が良くないか?」と言うと、新妻君は、
「そうですね」と言って振り返り、車の流れを見ていた。
森広君にも合図して、右側へ横断する準備をするが、あまりにも車の数が多く、なかなか渡れない。相当な速度なのに車間距離を取らず数珠つなぎで、中にはテール・トゥー・ノーズ状態の車もいる。
うーむ。余計なことは言いたくないが、ドライビングの基本は、充分な車間距離にある。車間さえ有れば、もしもの時、あらゆるテクニックを駆使して危険回避出来るのだ。どうしても車間が狭くなってしまうドライバーは、ようするに速度センスが鈍いのである。
新妻君が立ち上がったまでは良かったが、じつは、ここからが大変な道だったのである。道路自体の幅が無いうえに、路側帯が非常にせまくて、車通りが激しい。大型トラックがすぐ横を通り、引っかけられそうな恐怖を感じる。
当然、車の方も気になるわけで、時折り、イラついたようにクラクションを鳴らすダンプも現れる。こう言う奴が危ないのだ。イラついた運転手と言うのは、避けるどころか、わざと幅寄せして来ることが多いのである。
しかし、危険だからと言って立ち止まれば、いつまでも危険から抜け出すことは出来ない。ガードレールに擦りつけるほど端に寄り、少しずつ前に移動する。
すぐ左が薄暗い林で、冷たい風が汗に濡れた身体に吹き付ける。しばらくは、なかなか距離を稼ぐことが出来なかった。それに、新妻君の状態も考慮しなければならないし。右側を見ると、下り車線の方が心持ち交通量が少ないように想えた。
「あっちの方が良くないか?」と言うと、新妻君は、
「そうですね」と言って振り返り、車の流れを見ていた。
森広君にも合図して、右側へ横断する準備をするが、あまりにも車の数が多く、なかなか渡れない。相当な速度なのに車間距離を取らず数珠つなぎで、中にはテール・トゥー・ノーズ状態の車もいる。
うーむ。余計なことは言いたくないが、ドライビングの基本は、充分な車間距離にある。車間さえ有れば、もしもの時、あらゆるテクニックを駆使して危険回避出来るのだ。どうしても車間が狭くなってしまうドライバーは、ようするに速度センスが鈍いのである。
つまり運動神経が景色の流れる速さから車間距離を算出できないわけだ。それにテール・トゥー・ノーズは、ラジエターやエンジンに充分風が当たらずトラブルの原因になるから、真夏にこんな運転をしてるドライバーは、メカ音痴丸出しで恥ずかしい。
でも、今はそれどころでは無く、なんとか隙間をぬって反対側へ渡らなければ。ところが、ようやく車が途切れて渡ったと想ったら、皮肉にも、元いた側に歩道が見えて来たのである。けっきょく渡り直さなければならず、ガックリ。
また慎重に道を渡り、歩道を滑り始める。ただ歩道とは言っても、せまくて路面も良くない。森広君がたまりかねて車道を滑ると、すぐにダンプに煽られてしまう。
そのダンプの威嚇には、「遊んでる奴はどけ。オレたちゃ仕事してるんだ!」と言う凄みが有ったが、その「仕事」が、利権の絡んだ悪徳公共工事などではないことを祈ろう。このごろ「金儲け」を「仕事」とを言い間違えている人が多いからね。
そんなことを考えながら、林に覆われた道をさらに進んで行くと、薄暗い三差路が見えて来た。暗がりでやけに光って見える信号を待ちながら道を確かめた。ここは右へ、国道51号をほぼ道なりに進むことにした。そのまま真っすぐ行けば、124号にぶつかるはずである。
三差路から先はきつい登り坂だが距離は短い。登り切ったあとは、二つの道に車が分散されたためか、交通量がかなり減っていた。
そのあたりからずっと、道沿いには大きな庭の民家が続き、その脇のドブ板の歩道を滑って行った。そのドブ板がガタゴト言って滑りにくく、車が途切れるたびに車道へ降りてラクをした。
次第に辺りが明るくきれいになって来るのが解った。なんとなくいい感じだぞ、と想っていると、頭上に『カシマ・サッカースタジアム →』の標示板が現れた。
そのT字路で新妻君を待ち、いよいよカシマ・アントラーズの本拠地に乗り込む。
「あの、ガタガタがこたえた」
しかめっ面をしながら新妻君が近づいて来た。
幸いそこから静かな森林公園になっていて、スタジアムまでは非常に滑らかな路面を滑ることが出来た。車道に出る必要が無いほど歩道がきれいだった。すぐに駐車場が有った。その頭上の樹木の間から、とてつもなく巨大な建造物の片鱗が見えていた。サッカー・スタジアムの一部に違いない。
さらに進むと、歩道沿いに数面は取れそうな広大なサッカー用グランドが有って、高校生ぐらいの少年達が練習をしていた。そこを通りかかった時、金網越しに突然、新妻君が叫び始めたのである。
「ジーコを出せ! ジーコ!」(注*まだ鹿島にジーコがいた)
振り向く者はいなかった。少年達は何事も無かったかのようにサッカーを続けている。
「ジーコを出せ! ジーコ!」
だが、誰も振り向かなかった。
サッカースタジアムの真下辺りまで来て、その歩道上で休憩することにした。すぐ近くまで行ってウロウロすると、おノボリさんがバレてしまいそうだった。
新妻君は疲れ切った表情で座り込んでいた。森広君も、足首に今までに無かった痛みを感じると言うが、余裕は有る。
だが、誰も振り向かなかった。
サッカースタジアムの真下辺りまで来て、その歩道上で休憩することにした。すぐ近くまで行ってウロウロすると、おノボリさんがバレてしまいそうだった。
新妻君は疲れ切った表情で座り込んでいた。森広君も、足首に今までに無かった痛みを感じると言うが、余裕は有る。
すぐに上半身Tシャツを脱いで、オープンレッグでそこらを滑り始めている。(注*オープンレッグ = 足のつま先を左右をに開き、ブレードを横一直線にして横滑りする技)
キャプテンはと言えば、これがまったく足の痛みが無い。今回用意した『くるぶし保護用衝撃吸収ゲル・パッド』は相当な効き目を顕している。
キャプテンはと言えば、これがまったく足の痛みが無い。今回用意した『くるぶし保護用衝撃吸収ゲル・パッド』は相当な効き目を顕している。
◆ ランチにしとけばいいのに・・森広無念のグリル鹿島 ◆
スタジアムを離れて、また町外れへと滑り出して行った。再び悪路が始まるが、ガードレールに保護され車に脅えるようなことはない。もう12時はとっくに過ぎていて、「どこかで昼食を、」と言う状況だったが、林の中の道には、古びた民家や小さな工場しかなかった。
足を痛めている新妻君も心配だったが、空腹時にイラだつ森広君も気掛かりだ。2kmほど進み、ようやく町らしき賑わいが見えてホッとする。標示板には、『鹿島市宮中』とあった。
「鹿島神宮へ行ってみましょう」
と提案したのは新妻君だった。この男、俗っぽさを否定するわりに、名所・旧跡には目が無い。だが、疲労困憊しているキャプテン、空腹にイラだっている森広の二名は、もし参道が明治神宮ぐらい遠かったらエラい目に会うぞ、と参拝をあきらめるよう説得にかかった。
ともかく、腹ごしらえをするのが先決と言うことで、三人でソバ屋を探しにかかった。何故ソバ屋なのかと言われても解らない。とにかく「ブレード中の昼飯はソバ屋だ」と言うことになってた。ところが、あまりに固執したことで墓穴を掘ってしまうのである。なぜなら、その町にはソバ屋が無かったからだ。
スタジアムを離れて、また町外れへと滑り出して行った。再び悪路が始まるが、ガードレールに保護され車に脅えるようなことはない。もう12時はとっくに過ぎていて、「どこかで昼食を、」と言う状況だったが、林の中の道には、古びた民家や小さな工場しかなかった。
足を痛めている新妻君も心配だったが、空腹時にイラだつ森広君も気掛かりだ。2kmほど進み、ようやく町らしき賑わいが見えてホッとする。標示板には、『鹿島市宮中』とあった。
「鹿島神宮へ行ってみましょう」
と提案したのは新妻君だった。この男、俗っぽさを否定するわりに、名所・旧跡には目が無い。だが、疲労困憊しているキャプテン、空腹にイラだっている森広の二名は、もし参道が明治神宮ぐらい遠かったらエラい目に会うぞ、と参拝をあきらめるよう説得にかかった。
ともかく、腹ごしらえをするのが先決と言うことで、三人でソバ屋を探しにかかった。何故ソバ屋なのかと言われても解らない。とにかく「ブレード中の昼飯はソバ屋だ」と言うことになってた。ところが、あまりに固執したことで墓穴を掘ってしまうのである。なぜなら、その町にはソバ屋が無かったからだ。
ソバ屋を探して町を一周、いくら小さいと言ってもけっこうな距離が有る。もはや足は棒のようになり、ついに「もういい、とにかくブレードを脱がせてくれ!」と言う状態にまで追い込まれてしまった。けっきょく元いた場所まで戻って、その角に有った『グリル鹿島』と言うレストランに入ることになった。
グリル鹿島の横は駐車場になっていた。そこで荷物を降ろしていると、雲の合間から陽が射して来たので、新妻君は汗に濡れたTシャツを脱ぎ、横の建物のよく陽の当たる所に慎重に干し始めるのだった。
ところが間もなく、60代ぐらいのオッサンがやって来て、Tシャツを見つけるや否やギロリとにらみ回したのだ。何だオッサン、とキャプテンが身構えたその瞬間、オッサンはその建物に入って行ったのである。えっ?、と想ってよく見たら、なんと新妻君がTシャツを乾した場所は、アパートの部屋の出入り口じゃないか・・。つまり他人の家の庭に干したようなものだ。新妻隊員も苦笑い。
しかし、それは干したままにして、『グリル鹿島』へと向かう。店の扉前のボードには、本日のランチメニューが書き込まれていた。『日替わりランチ/辛味冷やしうどん』うーむ、これだな。
扉を開けようとして、店のちょっと洒落た外装や『グリル』と言う気取った名前から、ひょっとしてオレ達には「場違い」な店なのでは、との不安がよぎった。かつてキャプテンと新妻君は、あまりに場違いな店に入り、「針のムシロ」のような時間を過ごしてヘトヘトになったことが有るから。それで少し神経質になっていたのだ。しかし、店内に入ってみて適度な田舎っぽさが有ることを確認、ようやく安心した。
テーブルに付いて、キャプテンと新妻君は予定通り、『辛味冷やしうどん』、森広君は『冷やし中華』を注文。それから、トライアスロンなどで良く飲用される『バナナセーキ』も頼んだ。バナナからは発汗で失われる『カリウム』や『エネルギー類』が多量に補給出来ると言う。
「いらっしゃい〜ませ〜。お待たせ〜いたしました〜。ありがと〜ございます〜」
と、語尾を伸ばす癖の有る、バカッ丁寧な言葉使いの店員が料理を運んで来た。見た目は髪の長いアルバイト少女と言う雰囲気だが、一人で店内を切り盛りしているその姿は、ベテランのようにも想える。
さて、ランチに付いて来たみそ汁を見た瞬間、森広君がエラく悔しがった。と言うのも、お椀の中には小さなカニが一匹はいっていたからだ。みそ汁はカニのダシが効いて風味豊か、実に美味い。辛味冷やしウドンも韓国風エスニック味で中々いける。
そう言えばさっき、店内に置いてある鹿島市のパンフレットを見ていた新妻君が、高麗焼酎『真露 - JINRO』の日本総代理店が鹿島市内に有ると言う広告を見て、不思議がっていた。・・ウドンの韓国風味付けと、韓国焼酎の日本総代理店。何かつながりが有るのでは?と想ったが、考え過ぎか・・
森広君は、オレもランチにすればよかったと、新妻君から貰ったカニをエライけんまくで食いちぎっていたが、とにかく、ここでもまたブレード隊は食事にツキが有る、と言うことを確認して、グリル鹿島を後にすることになったのである。
「ありがと〜、ございました〜」
あの少女の、バカッ丁寧な声が耳に残った。
<その6へ>
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