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「湘南の海、エンドー苦難の道」1993

< 横須賀 - 茅ヶ崎・ブレード走行記 > 1993年。ゴブリンズ・ブレード隊、キャプテン高橋と遠藤忠隊員は、10月23日と24日の二日間に渡り、三浦半島の横須賀から茅ヶ崎まで、約75kmを無事完走したと発表。この完走によりキャプテン高橋の通算走行距離は359.4kmとなった。                    目次 うれしはずかし出発の時 三浦海岸! これを見に来た 遠藤殺しの坂が待っていた 史上最大のピンチである?! ついにブレード隊、初の野宿なのか・・? 二日目、最高の出発 湘南・超観光ルートを行く 日曜の午後の終わり ◇ うれしはずかし出発の時   ◇ 「だめだ、間に合わん!」 時計を見ると、7時55分。東急東横線の急行はたった今、 渋谷を出発したばかりだった。約束は横浜駅の改札に8時だが、この分では8時半ごろになってしまうだろう。昨晩、荷物の用意をしている内に夜が更けてしまい、キャプテンは今朝少し寝過ごした。しかし興奮のあまり眠れなくなった訳では無い。もう子供ではないのだ。 ドア際の窓から空を覗くと、雲は多めだが気持ちの良い秋晴れ。10月23日(土)、この週末の天気に問題は無い。ただ、なぜか寒さがとても心配だった。必要以上に気にしてしまったのは、第三次ブレード隊『富士五湖周回走行10.24』からちょうど1年、あの富士山麓の標高の高さと、降りしきる雨の記憶のせいに違いなかった。 予想した通り8時30分に横浜駅に着いた。改札を出ると、憮然とした遠藤隊員の姿が有った。「悪い、悪い。寝過ごした」仕方なくキャプテンは笑ってごまかすのだった。 日頃、野球の試合などでは、周囲から時間に厳格だと思い込まれているキャプテンだが、何を隠そう、中学・高校の6年間、常に遅刻回数・学年トップを誇って来たクセ者なのである。その頃の1年間の平均遅刻数は約70個。これは野球に例えれば『盗塁王』に匹敵するのはないかと一部ではささやかれているが、さて、どんなもんだろう・・ 二人はそこから京浜急行に乗り換え、横須賀中央駅へと向かった。気温24.3度、まずまずの走行日和だ。このくらいの陽射しが有れば、走っている内に体温の上昇でちょうど良くなって来るはずである。間近に迫った出発に備えて色々と考えは及ぶ。もう一人の隊員、新妻氏は、なんだかんだと急用が出来て、今日は来れなくなった。 横須賀中央駅に